205 カナと親衛隊
あいかわらず、カナはよく食べる。
一向に止まる気配を見せないカナの手と口に、親衛隊の面々もやや唖然とした目を向ける。
手元の料理を征服したカナは、俺をはさんで向こう側にある皿を指さした。
「あれ食べたい」
「ああ、今取って――」
「どうぞ、カナ様!」
俺が言い終わるより早く、野太い声がしたかと思うと、雲におおわれたかのようにテーブルに影ができる。
料理越しに頭上から届けられた料理をカナが受け取ると、雲は嬉しそうな顔をした。
「ありがとう」
「はっ! カナ様のお役に立てて光栄です!」
巨大な雲――ガイは、そう声を張り上げると、どっかとイスに座りこんだ。
俺はガイに聞いてみた。
「どうした、ガイ? そんなにカナが気に入ったのか?」
まさかとは思うが、お前ロリコンじゃないだろうな。
カナに手を出したら、即座にこの剣のサビにしてくれるぞ。
訝しむ俺に、ガイは大声で答えた。
「気に入るだなんて、そんな、おそれ多い! カナ様は俺の恩人ですから!」
「恩人?」
「はい! カナ様は、生死の狭間をさまよっていた俺を甦らせてくれた、俺の命の恩人ですから!」
がばっと立ち上がると、ガイが直立不動でそう叫ぶ。まったく、いちいち大げさな奴だな。
ばつが悪そうにジャネットがつぶやく。
「わ、悪かったよ、あたしもあそこまでやるつもりはなかったんだよ……」
「あ、いや! 別に姐さんにぶち殺されそうになったとかいう意味じゃなくて! 間違いました、ちょっと腕が折れたくらいで気絶してた俺をあっという間に治してくれましたから!」
いや、確実に最初の方が本心だろうな……。
やっぱりあれは結構危ない状態だったのか。
俺はカナの頭をなでながら褒める。
「えらいぞカナ、あいつも感謝しているぞ」
「リョータ、今食べてる途中」
「おお、すまんすまん」
食べている最中で邪魔だからか、カナが俺をじろりと睨みつける。そうだな、確かに行儀が悪かったな。
そんなカナを、ケビンも賞賛する。
「実際カナ様はすばらしい治癒魔法士ですよ、リョータ様。あれほどの大けがを、あんなにあっさりと治してしまわれるのですから」
「そうだな、俺も驚いた」
「とてつもない才能の持ち主ですよ、カナ様は」
そう言ったのは、ケビンの隣に座るやせた男だった。名はクラウス、ミルネ北部の都市で見つけてきたAクラスの魔法士だ。
何でも氷結魔法、または冷凍魔法と呼ばれる魔法の使い手で、その腕はミルネでも屈指、氷結魔法にかけては右に出る者がいないそうだ。その腕を買い、親衛隊の一員に引きこんだ。
「カナ様は冒険者学校を卒業後いきなりBクラスがら冒険者を始められると聞いておりましたが、それを考慮しても先ほどの魔法は尋常ではありません」
「そうなのか」
「はい。通常、治癒魔法はあんなにすぐに効果を発揮するものではありません。熟練の術者でも、数分かけてゆっくりと治していくものです」
「ほう」
ある程度の術者ならかければすぐに回復するものだと思っていたが、そういうわけでもないのだな。そのあたりは転移魔法に通じるものがある。
「ところがカナ様は、ガイのあのひどい骨折すらものの数秒で治してしまわれました。あれほどの速さで治療するなど、もはやそのお力はAクラスの治癒魔法士に近いやもしれません」
「そうかもしれんな。カナならば、そのくらいおかしくはない」
うむうむ、俺も鼻が高いぞ。
つい頬がゆるむ俺に、クラウスが続ける。
「いずれは賢者ラファーネ様に匹敵するお力を手に入れるやもしれませんな、カナ様は。それほどの可能性を秘めておられると私は思います」
「ラファーネか。実はな、そのラファーネが、イアタークでカナの家庭教師を務めることが決まっているのだ」
「なんと、ラファーネ様が!」
クラウスのみならず、ケビンと女弓兵のソニアも驚きに目を丸くする。ガイがぽかんとしているのは、他国の出身でラファーネについてよく知らないからだろう。
「そのラファーネって奴は、そんなにすごい奴なのか?」
「バカ! あんたなんかが呼び捨てにしていいお方じゃないよ! 賢者様だよ、賢者様!」
「ひっ! す、すいません姐さん!」
ジャネットにどなられ、ガイが身をすくめる。ジャネットはいまだにラファーネに苦手意識があるからな。
「まあ、そのラファーネがカナを指導するのだ。そう遠くない将来、カナは師を超えることになるだろうな」
と、カナが俺のそでを引っぱってきた。
「リョータ、リョータ」
「うん? どうしたカナ? 何か食いたいのか?」
「ラファーネ先生。呼び捨て、ダメ」
カナに叱られる。まだ授業も始まっていないというのに、よっぽどラファーネのことが気に入ったのか、俺が呼び捨てるとすぐに注意してくる。
「くくくっ……。リョータ、あんたカナに怒られるのそれで何回目だい?」
「う、うるさい。ついくせが出てしまっただけだ」
「ちゃんと直しておきなよ? その調子じゃ、いつまでも怒られ続けることになるからね」
「わ、わかっている」
そんなやり取りを、隊員たちは不思議なものでも見るように呆然とみつめていた。こいつらには見せたことがないからな、こんなところ。
まあしかし、俺もこいつらにカナをお披露目することができてよかった。
「でもさリョータ、これだけカナが褒められると、何だかあたしまで嬉しいもんだねえ。あんたの気持ち、少しわかった気がするよ」
そうだろうそうだろう。こいつもようやくわかってきたようだ。お前も少しは保護者としての自覚を持つのだぞ。
親衛隊との初会合は、こうして無事に終えることができた。