202 不穏な気配
ガイも落ち着き、あらためて皆が集まる。
だが、親衛隊のメンバーの表情は、明らかに先ほどまでとは異なっていた。
特に、ガイなどは人が変わってしまったかのようにうつむいている。なるべくジャネットと目を合わせずにすむようにそうしているのか。
見れば、ジャネットもしゅんと肩を落としている。やりすぎたと思っているのだろう。
あれだけ口汚く罵られたのだから決してジャネットばかりが悪いわけではないが、それでもあんな大けがをさせるつもりはなかったのだろうな。
そして、俺も気が重い。もしかして、隊員たちは今のを見て「とんでもないところに足を踏み入れてしまった」と思っているのではないだろうか。
いや、これから魔族との戦いの最前線に立つのだからとんでもないと言えばとんでもないのだが、今の戦いを見れば命がいくつあっても足りないと思ってしまったとしても無理からぬことだ。
ひょっとして、みんなやめたりしないだろうな? 俺の額を冷汗が伝う。
ご、誤解だ、うちの隊はそんな過酷な職場じゃないぞ? ブラック企業ならぬブラッディ企業だとか思わないでくれよ?
ただ一人、カナだけがいつもの表情で俺の手を握っている。正直、こうして手をつないでいないとプレッシャーで押しつぶされそうだ。
それにしても、カナは単に状況がよくわかっていないだけなのか、それとも、わかった上で平然としているのか。
俺はいつになくやさしげな声音で隊員たちに話しかけた。
「み、見ての通り、あれがジャネットの実力だ。強さについては、納得してもらえたと思う」
返事はない。ガイ以外の3人も、うなずきもせずジャネットを見つめている。
こ、こいつらが俺の言葉に返事しないなんてはじめてだ。あまりの不安に、カナとつないでいる手にも汗がにじむ。
「そ、そのだな、あれだ、こいつはそんな凶暴なやつじゃないんだ。余計な挑発をしたりしない限り、むやみに襲いかかってくるようなことはない。こう見えても滅多なことでは怒らんし、つき合ってみればなかなかに気のいい奴なんだぞ?」
必死にジャネットのフォローをする自分ののどが、からからに渇いているのがわかる。あいかわらず隊員からの反応はない。
引きつった笑みを浮かべながら、俺は続ける。
「ほら、こいつも反省している。そ、それに、考え方を変えてみてくれ。こんなに強い隊長がいれば、お前たちには万にひとつも危険などないさ。そうだろう? お前たちは誰よりも安全な環境で任務に励めるのだ」
自分でも無茶苦茶なことを言っているなと思う。俺を守るための親衛隊が守られてどうする。だったらジャネット一人ですむ話だ。
まずい、自分でもびっくりするくらい気が動転している。
ついに、俺は沈黙に耐えられなくなった。
思わず土下座しそうな勢いで、俺は頭を下げた。
「頼む! ど、どうか、親衛隊をやめないでくれ! 俺一人でやれることには限度があるから、お前たちの力が必要なんだ!」
ここでやめられたらメンツがつぶれるとかそういうこと以前に、自分が厳選して選んだメンバーに三下り半を突きつけられるということに、信じられないほどの恐怖を感じる。まるで自己を否定されるかのように思えてならないのだ。
こんなプレッシャーを感じるのははじめてだ。これが人の上に立つということなのか。
場を重苦しい沈黙が支配する。
恐怖で頭を上げられないでいる俺の耳に、隊員たちの言葉が聞こえてきた。
「か、感激です、リョータ様……」
「まさか私たちのことをそのように思ってくださっておられたとは……」
「言葉もありません……」
ザッと音が聞こえ、おそるおそる頭を上げると、ケビンたち3人が片ひざをついてこうべを垂れている。
「お、お前たち、親衛隊に残ってくれるのか……?」
「もちろんでございます! 私の忠誠は、すべてリョータ様に捧げております!」
「ジャネット様のお力、まことに感服いたしました! さすがはリョータ様が最も信頼されておられるお方、親衛隊の長にふさわしい!」
「私も全力でリョータ様にお仕えさせていただきたいと存じます!」
「お、お前たち……」
俺は思わず涙ぐみそうになり、慌てて右腕のすそで目元をぬぐう。
それから、俺は声を大にして言った。
「頼むぞ、お前たち! お前たちは我がクロノゲート親衛隊の栄えある創設メンバーだ! これからの働き、期待しているぞ!」
「御意!」
隊員が声をそろえる。よ、よかった、辞めたくなったわけじゃなかったのか……。
ジャネットが不安そうに声をかける。
「あ、あんたたち、あたしが隊長でも大丈夫なのかい……?」
「もちろんです、ジャネット様! 恥ずかしながらこのケビン、あなた様があれほどのお力の持ち主であるとは気づきませんでした!」
「我々の隊長に、ジャネット様ほどふさわしいお方はいらっしゃいません!」
「ぜひ我々の長として、親衛隊を率いてください!」
口々に言うメンバーたちにジャネットがとまどう。こんなことを言われるのははじめてなのだろう。
それから、ジャネットは恐る恐る、うつむいたままのガイに話しかけた。
「あ、あの、あんたもそれでいいかい……? どうしてもイヤなら、あたしゃおとなしく辞退するよ……?」
ものすごく遠慮がちにジャネットが言う。こんなジャネット、見るのははじめてかもしれん。
隊員たちも不安そうにガイをみつめる。
と、突然ガイが獣の咆哮のような大声を上げた。
かと思うと、ジャネットに向かい猛然と土下座する。
「申しわけありませんでした! ジャネットの姐さん!」
「あ、姐さん……?」
「あんたほどのお方に向かい、俺はとんでもないことを言っちまいました! さすがはリョータ様が認めたお方だ! 俺なんかがふざけた口をきいて、本当にすいませんでした!」
「は、はい……?」
当のジャネットが、唖然として口を開けっぱなしにしている。いや、俺も隊員もみんなびっくりしてガイを見つめているわけだが。
「じゃ、じゃあ、ゆるしてくれるのかい……?」
「ゆるすも何も! 俺の方こそ、あんな口をきいておいて腕一本でゆるしてもらえるとは思ってません!」
「い、いや、もう十分だよ! 腕だって折るつもりなかったんだから!」
慌てて叫ぶジャネットに、ガイは目から滝のように涙を流し始めた。
「うおおお! 何て心が広いお方なんだ! 姐さん! 俺は一生姐さんとリョータ様についていきます!」
「リョ、リョータ……」
号泣するガイに、困り果てた様子でジャネットが俺へと視線を向ける。
いや、いいんじゃないか、本人がそう言ってるんだから。
俺も確認する。
「ガイ、お前もやめないでくれるんだな……?」
「もちろんです! どうか俺も親衛隊で働かせてください! 姐さんやリョータ様に比べれば、俺なんてゴミみたいなもんかもしれやせんが、きっとお役に立ってみせやす!」
「うむ、その言葉、嬉しいぞ」
いや、マジで嬉しいよ。お前ら、みんな残ってくれるんだな。よかった、本当によかった、みんなに見限られなくて。
カナが俺の手を引っぱりながら言う。
「リョータ、よかった」
「ああ、本当によかった」
俺も少し泣きそうになりながら、空いている方の手でカナの頭をわしゃわしゃとなでた。