20 新居
盗賊どもを討伐した翌日、俺とカナはギルドに寄ってレーナから家の鍵をもらうと、これから暮らすことになる新居へと向かった。
カナは新品の服に身を包み、俺と手をつないでいる。ギルドで風呂にも入れてしっかりと身体の垢を取らせた。
小さな男の子が着るようなチョッキと半ズボンを身につけたカナは、髪が短いこともありパッと見少年のようにも見える。胸もまだ発育していないからなおさらだ。
そんなカナは、王都の街並みが珍しいらしく、さっきから首をひっきりなしに動かしている。道行く人にぶつからないよう、俺が注意して手を引いてやらないといけない。
「家、いっぱい。人、いっぱい」
「そんなに珍しいか」
「カナ、家、いっぱい、見たこと、ない」
「そうか」
「人も、いっぱい。どうして、いっぱい、いる?」
「カナは人をいっぱい見たことがないのか」
「カナ、村、人、少ない」
カナは人の少ない村で生まれたのか。それなら人の群れに驚くわけだ。
俺はカナの手をしっかりと握ってやった。
やがて、目的の家が見えてきた。
これは立派な家だな。王都の中心部にあるって言うのに、ずい分と広い敷地だ。門構えもしっかりしてる。これはもう、ちょっとした屋敷とでも言うべきレベルだな。
「カナ、ここがこれから俺たちの暮らす家だ」
「カナ、リョータ、家」
不思議そうな顔で、カナが屋敷を見上げる。これが自分の家だということが、まだピンときていないのだろう。
俺はカナの手をしっかりと握り、家の敷地へと入る。
門を開くと、広い庭と噴水が目に入る。夏はここで水浴びができそうだ。
家の大きな扉を開くと、まず吹き抜けの大広間が目に入った。赤いカーペットこそ敷かれてないが、よく映画で見かける典型的な金持ちの屋敷だ。
目の前には、二階へと上がる大きな階段がある。確か一階には四つ、二階には六つの部屋があったはずだ。こんな家、二人暮らしにはどう考えても広すぎるだろう。まあ、選んだのは俺なんだが。
まずは使う部屋を決めないとな。風呂と食堂、調理場は一階にあるので、できれば一階に居住スペースがあればいいのだが。
そう思って部屋を見て回っていると、一階のど真ん中、二階への階段の奥に大きなテーブルやソファが置いてある広い部屋があった。きっと応接間なのだろう。ざっと見たところ十六畳くらいはあるみたいだから、ここにベッドを持ってくればちょうどいい感じになりそうだ。
その隣にはこれまた広い食堂がある。調理場は隣に併設されている。こんなに広い部屋でなくていいのだが、まあしかたないだろう。
そのちょうど反対側は、風呂と洗濯のスペースになっていた。浴場に入ると、広い湯船が目に入る。湯船が広いのは結構だが、湯を沸かすのが大変そうだな。
「カナ、広い風呂は好きか?」
「カナ、お風呂、好き」
湯船を見つめながら、カナがこくりとうなずく。そう言えば昨日もギルドで身体を洗ってもらってずいぶんと喜んでいたな。
「リョータ、いっしょ、入る?」
「いや、ちゃんと一人で入れるようになるんだ。自分のことは自分でできなければな」
「うん。わかった」
あいかわらずの無表情でカナがうなずく。何から何までいつまでも面倒を見るわけにはいかないからな。カナにはこれから少しずつ勉強していってもらおう。
一階をチェックし終えると、ベッドを探しに俺たちは二階へと上がる。これだけ広いとカナが迷子になりかねないので、俺はその手をしっかりと握る。
「リョータ、この家、大きい」
カナがきょろきょろしながら一階を見下ろす。俺も同感だ。こんな大きな家は東京じゃお邪魔したことがない。
「カナは大きい家、好きか?」
「カナ、大きい家、好き」
少しだけ頬をゆるめてカナが言った、気がする。その頭をなでてやると、俺は寝室のドアに手をかけた。
寝室はなかなかに広く、その奥には大きなベッドがどんと置かれている。
ううむ、弱ったな。十分な大きさではあるのだが、俺とカナが同じベッドで眠るわけにもいくまい。客室のベッドを見に行くか。
隣の客室に入ると、今度は俺の希望通りゆったりした一人用のベッドが置いてあった。俺はさっそくそのベッドを応接間へと転移させる。ついでにタンスも持っていこう。
別の客室からもう一つベッドを拝借すると、俺たちは一階の応接間へと歩いていく。転移してもいいのだが、それだとカナが道をおぼえられないからな。
応接間に戻った俺は、レイアウトを考えながらベッドやタンスを移動させていく。間もなく、おおむね理想通りの部屋が完成した。
一仕事終えた俺は、カナといっしょにソファに座る。
「カナ、これからはここで俺といっしょに暮らすんだぞ」
「カナ、リョータ、暮らす、いっしょ」
「そうだ、いっしょだ」
「カナ、嬉しい」
笑顔と言うには硬いカナの表情に、俺は優しく頭をなでてやる。ずっと奴隷として生きてきたカナは、きっと感情を表に出すことに慣れていないのだろう。
表情に乏しい顔で、しかしカナは俺の手に頭をぐりぐりとこすりつけてくる。これはもっとなでろと催促しているのか。
二人ソファに腰かけながら、俺はしばらくカナの頭をなで続けていた。