2 転移魔法の研究
気づくと、俺は見知らぬ森の中にいた。どうやら無事に異世界転生したようだ。
身体を動かしてみる。うん、ほぼ今までと変わりない。これなら問題ないな。
さて、何から始めようか。そうだな、せっかく覚えたんだし、転移魔法の実験をしてみるか。
とりあえず、まずはとにかく町に飛ぶように念じてみる。
すると、次の瞬間俺は見知らぬ町に立っていた。おお、本当に転移できたぞ。
周りを歩いていた者がこちらをチラリと見たが、すぐにまた視線をはずす。どうやらこの世界では転移魔法はそれほど珍しいものではないらしい。
まあ、これで町にはいつでも来れることがわかったわけだ。では次は違う場所にでも行くとするか。
それから俺は、山、海岸、川、橋、草原、砂漠、雪山といろんな場所に転移してみた。
明らかに気候が異なる場所、つまり距離が遠く離れている場所の間の移動でも、ほとんどタイムラグなしに転移できる。さすがチートなだけのことはあるな。それとも普通はそんなものなのか。
転移をしていて気づいたのは、例えば単に「町」と念じただけだと同じ町に転移するとは限らないということだ。
逆に、町の風景をイメージして転移すればきちんとそこに転移できる。どうやらその場所のイメージがあれば、転移する場所をほぼ正確に指定できるようだ。
ちなみに、町の名前だけをイメージして転移した場合はその町のどこかにランダムに飛ばされる。また、「町の宿屋」のような指定の場合はランダムに選ばれたどこかの町の宿屋に転移するようだ。これはまだまだ研究する必要がありそうだな。
次に俺は、物体を転移させてみた。まずは手元の石を、5メートルくらい離れたところに転移させてみる。
すると、石は俺が見つめている5メートル先の地点にちゃんと転移した。うん、成功だ。
どうやら俺の視界の範囲内なら、かなり自由に物体を転移させることが可能なようだ。地面に突き刺さっている岩や地面に根を張った木も、問題なく空中に転移させることができた。
転移可能なものは無生物に限らないようだ。空を飛んでいる鳥も、念じれば俺の手の中に転移させることができた。ふむ、これはかなり万能な魔法かもしれんな。
一方で、転移魔法では不可能な事例というのもわかってきた。
例えば、転移魔法は物体を損壊するような形での使用はできない。つまり、木の枝だけを手元に転移させたりすることはできないということだ。
実際にやってみたのだが、特に何も起こらなかった。今思えば、木が丸ごと転移してきてその下敷きになってしまう可能性もあったかもしれない。それを思うと少々肝が冷える。
まあ、確かに物体を損壊してもOKとなれば、憎い奴の首だけ転移させて首を飛ばすこともできてしまうわけだからな。明確な害意はなくても、うっかりやらかしてしまう危険は常につきまとうだろう。それを考えれば、このルールは妥当なのかもしれない。
また、この世界に存在しないものを対象にした場合も、転移魔法は発動しないようだ。
ためしに「ファ○タグレープの海」と念じてみたが、何も起こらなかった。もし成功していれば、日本で手に入るものが一通り手に入ったかもしれないだけに残念だ。
もう一つ、転移魔法はいわゆる念動力とは違うので、物体「移動」はできない。
つまり、石をゆっくり上に「動かす」、といったことはできない。もちろん空中に「転移」させることはできるが、当然すぐ下へと落下していく。
連続して少しずつ上に転移させていけばゆっくり上に動いているように見えるのでは、と思い一度挑戦したことがあった。
しかし、空中を転移している間も常に重力は受けているらしく、万有引力の法則にしたがい石はすぐに落下してしまった。どうやら異世界でもニュートン力学は成立するらしい。恐るべし、アイザック・ニュートン。
空中に転移→地面に転移して重力加速度をキャンセル→空中に転移→地面に転移して重力加速度をキャンセル→……を繰り返せば念動力もどきを再現できるかとも思ったが、あまりにも魔法の制御が大変そうなので、というか面倒くさそうなので早々に諦めた。別に俺は念動力をやりたくて異世界転生したわけじゃないしな。
他には何ができるのかと考えていると、ウィンドウが開き、そこに「習得魔法」の文字が現れた。
それを開くように念じると、俺が使えるらしいいろいろな魔法が現れる。なるほど、これは作業がはかどるな。
そこに並んでいた魔法を試しながら、俺の実験はしばらく続いた。
一通り実験と検証を終えたところで、俺は独自の必殺技のようなものを編み出すことにした。この世界でも力学が成り立つならば、転移魔法と組み合わせることで凄い技が作れると思ったのだ。
この作業が意外とおもしろくて、つい宿を取るのも忘れて一日奥義の開発に明け暮れてしまった。
徹夜の末、いくつかの奥義を編み出した俺は、転移した町の中でも比較的大きかった町に転移し、そこで宿を取った。
明日はギルドにでも登録して、本格的な冒険者生活を始めよう。そんなことを思いながら、俺は異世界で初めての眠りについた。