198 『クロノゲート親衛隊』
家庭教師の件が決まってから数日後、俺はさっそくジャネットに『クロノゲート親衛隊』のメンバーを紹介することにした。
カナも連れて3人で家を出た俺たちは、王都の中心部からは少し離れたエリアへと足を運ぶ。
緑が多いその区画を歩いていくと、やがて巨大な建造物が見えてきた。市のスポーツセンターくらいの大きさはあるだろうか。
「へえ、闘技場じゃないのさ。何だい、試合でもやるのかい?」
「それもいいかもしれんな」
カナの左手を握りながら俺が答える。ジャネットは反対の手を握っている。身長差があるので、ちょうどカナは両腕で力こぶを作るような格好になっているな。
あの闘技場は、例のどら息子の取り巻きの一人が中心になって造った建物なのだそうだ。もっぱらシュタイン派の連中が娯楽を楽しんでいるらしい。
今日はどら息子に言いつけて、この闘技場を一日貸し切るように言ってある。どうせならジャネットにも連中の腕を見せておきたいからな。ある程度暴れられる場所を用意させてもらったというわけだ。
「そうだ、あたしも今度武術大会に出てみようかねえ」
「武術大会?」
「ああ、3年に一度王都でやってるのさ。王国中から強い奴らが集まってくるんだよ」
「ジャネットは出たことがあるのか?」
「前回のには出たよ。決勝トーナメントまでは残ったんだけどねえ。2回戦で負けちまったよ。今なら誰にも負けない自信があるんだけどねえ」
「まあ、今やお前はドラゴンスレイヤー様だからな」
「あ、リョータは出ちゃダメだよ、まだ勝てなさそうだから。サラにも言っておかなくちゃ」
それでいいのか? と思いながら、俺は闘技場の中へと入る。こいつ、根っからの戦闘狂なのかと思えば、単に優勝賞品がほしいだけのようなことを言いだしたりするからな。あいかわらずよくわからん。
入り口の受付で案内を受け、俺たちは闘技場の内部へと入る。
中央のフィールドには、4人の人影があった。親衛隊の面々だ。
当然のことながら、どら息子は呼んでいない。というか、今日は絶対に来るなと言いつけてある。あいつがいたら、親衛隊を誤解されかねないからな。ホント頭痛いな、あいつ。
俺たちに気づくと、彼らはこちらに駆け寄ってくる。
そして、全員が俺にひざまずいた。
「お待ちしておりました、リョータ様。我らクロノゲート親衛隊、ここに全員そろっております」
30歳前後の男が言う。
その顔を見て、ジャネットが驚きの声を上げた。
「あんた、ケビンじゃないかい! 何であんたまでこんなところで中二ごっこ……こんなことしてるのさ」
今、聞き捨てならんことを言いかけていたような気がするが。
男――ケビンは姿勢を崩さずに答える。
「ジャネット様、私はリョータ様に忠誠を誓った身。臣が主に仕えるのは当然のこと」
「ジャ、ジャネット様って……」
唖然とした表情でジャネットが口をぱくぱくさせる。
「ジャネット、ケビンとは知り合いなのか?」
「ああ、ギルドでね。腕が立つから仕事が重なることも多くてさ。いつも口うるさいんだよ、Sクラスやドラゴンスレイヤーになってからは特にさ」
「申しわけございませんでした、ジャネット様。リョータ様には、『クロノゲート親衛隊』のことはまだ伏せておくよう申しつけられておりましたので。ジャネット様にも気取られぬよう、あのような態度を取ってしまいました」
「い、いいよいいよ。ていうか、いつもの調子でやってくれないかい? その『ジャネット様』っていうの、何だかむずがゆくてさ……」
本当にかゆいらしく、ジャネットが必死に背中へと手を伸ばす。どれどれ、俺がかいてやるよ。
「ほら、俺がかいてやる。ここでいいのか?」
「はあ~、そこそこ、いいよ、いい塩梅だよ」
何だかばあちゃんの背中をかいてる気分だな。というか、こんなところこいつらに見せてよかったのか?
背中をかき終え、ひとつせき払いすると、俺は親衛隊に向かって言った。
「前にも話した通り、このジャネットに『クロノゲート親衛隊』の親衛隊長をまかせることになった。お前たち、これからはよろしく頼むぞ」
「ははっ」
全員がこうべを垂れて返事をする。
……と思ったら、一人の男が立ち上がって反論してきた。
「ちょっと待ってくださいよリョータ様、俺はあんたには忠誠を誓っているが、だからと言ってあんたの女に無条件にしたがうつもりはありませんぜ」
そう言ってジャネットを睨みつける。
この男はガイ。元はモンド王国にその名を知られた大山賊の頭だ。モンドの王都でうわさを聞き、俺が直々にスカウトに赴いた。
丸太のように太い首と手足を持つ、文字通りの巨漢だ。身長も優に2mを超えているだろう。その見た目通り、圧倒的な膂力を生かした戦いぶりは圧巻の一言だ。
ケビンが鋭く叱責する。
「ガイ、リョータ様の御前だぞ」
「うるせえよ。いくらリョータ様やケビンのダンナがいいって言っても、俺はただのお飾りの下で働かされるのはまっぴらごめんだぜ」
「へえ、なかなかいい度胸してるじゃないのさ、このでかぶつ」
ジャネットの目がぎらりと光る。ああ、こいつ今喜んでるな。活きのいい獲物を前にした時の目だ。
「あたしもちょいと試験してみたかったところなんだよ。前も言ったけど、あたしゃ足手まといに足引っぱられるのはごめんだからさ」
好戦的な笑みを浮かべながら、ジャネットが目の前の大男を挑発する。
……これは、おもしろいものが見れそうだな。
親衛隊の3人が緊張に身をこわばらせる中、俺は二人に向かって言った。
「お前たちの言い分ももっともだな。では、我が隊らしく、ここは剣で決めるとしようではないか。お前たち、それで異存はないだろう?」
「へへっ、そうこなくっちゃ」
「さすがリョータ様、話がわかりますぜ!」
二人とも実に嬉しそうな笑みを見せる。この戦闘狂どもが。
まあいい。見事なまでの決闘テンプレだ。もっとも、戦うのは俺ではないがな。
結果は見えているが、せいぜい俺を楽しませてくれ。