196 しっぺ返し
カナとラファーネの面談も、無事終わった。
最後に条件面の話になり、俺が授業料として一か月に金貨10枚を提示したところ、ラファーネに頑として拒まれたのみならず、ジャネットとサラの二人からもこっぴどく叱られた。
ジャネットは、俺に猛然と食ってかかってきた。
「リョータ、あんたバカじゃないのかい!? 金貨10枚で、いったいどんだけの人間が暮らしていけると思ってるんだい?」
サラは、あきれたように俺をたしなめた。
「お前、少しは相場というものを考えろ。度が過ぎればラファーネ殿にまで迷惑がかかる」
二人とも、そこまで言わなくてもいいではないか。相手は王国随一の賢者、そして何よりカナの家庭教師なのだぞ? 金貨10枚どころか20枚でも安すぎるくらいだ。
結局、王族や大貴族が抱える一流家庭教師の3倍ほどの金額で納得してもらうことになった。俺としては、せめて5倍は支払いたかったのだが。
イアタークへは、今の任務が終わり次第来てもらうことになった。まあ、今の任務を放り出すわけにもいかないだろうしな、しかたない。俺としては、明日からでも授業に来てほしいくらいなのだが。
終始はらはらさせられっぱなしの面談だったが、それも無事に終わり、俺たちはそのままお茶を楽しむことにする。
侍女がついだ茶に口をつけながら、俺はラファーネに向かって笑った。
「それにしても助かったぞ、ラファーネ。カナの教育をどうしようかと、正直途方に暮れていたのだ」
と、カナが俺の太ももをぺちり、と叩いた。何だ、痛いな。
「どうしたカナ、人を叩いたりしてはだめではないか」
俺が注意すると、カナは俺の顔を見上げながら言う。
「先生、つけないとだめ。リョータ、そう言った」
「先生? ああ、名前のことか? それはだな、お前が生徒になるからだ。俺は別に彼女の生徒になるわけでは……」
「いや、お前も先生と呼ぶべきだな、リョータ。我が子……とは少し違うが、とにかくカナをおまかせするのだ。お前も礼をもって接するべきだろう」
「そうだよリョータ、いっつも賢者様を呼び捨てにしてさ、さっきの面談だって、正直あたしゃはらはらしてたんだよ」
何、俺がカナの面談をぶち壊しそうだったというのか!? ま、まさかそんな風に思われていたとは……。
「わ、わかった。ラファーネ先生、と呼べばいいんだな」
「そうだよ、それでもまだおそれ多いくらいだよ」
「お気になさいませんよう。私はあくまでリョータ様に雇われる身なのですから」
「いや、こういうことはきちんとしておかなくてはいけないぞ、ラファーネ殿。さもないと、生徒に悪い影響が出かねない」
う、もしかして俺がカナに悪い影響を与えかねんというのか……? だ、だめだ、そんなことがあってはならない。俺がカナの足を引っぱってどうする。
気を引き締めると、俺はあらためてラファーネに頭を下げた。
「それではラファーネ先生、これからカナのことをどうか頼む」
と、再びカナが俺の太ももをぺちり、と叩いた。
「な、何だカナ、今度はどうした?」
「お願いします」
「は?」
「人に頼む時は、お願いします」
ぽかんと口を開ける俺に、カナは聞きわけのない子供を叱るような目で、俺の顔を見上げている。
「ぷっ……!」
つい吹き出したジャネットが、笑いをこらえようと身体を折り曲げた。
サラも、笑いをこらえながら俺に言う。
「リョータ、これは一本取られたな。どうやらカナは、自分の先生に対してきちんとお願いしてほしいようだ」
「そ、そうか……すまん」
できの悪い生徒になった気分で謝ると、俺はラファーネに向かい言い直した。
「ラファーネ先生、これからカナのことを……よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
俺はちらりとカナを横目に見る。俺の視線に気づいたカナは、満足げにうんとうなずいた。
笑いの発作が収まったらしいジャネットが俺に言う。
「これじゃどっちが保護者かわかりゃしないね。すっかりカナにしつけられてるじゃないのさ」
「う、うるさい」
カナは賢いからな、俺が誤った道へと向かいつつある時にはこうやって軌道を修正してくれるのだ。さすがカナ、俺も鼻が高いぞ。
ラファーネが笑顔を見せる。
「カナさんは、よいお子さんですね」
「ああ、我が家の自慢の娘だ」
と、またしてもカナが俺の太ももをぺちり、と叩く。
ま、まだダメなのか……? というか、俺が一言口を開くたびにカナに注意されているじゃないか。
俺、だんだん自分に自信がなくなってきたぞ……?
俺は半分泣きそうな顔でカナに聞いた。
「カ、カナ、今度は何がダメだった……?」
「リョータ、『です』」
「です?」
「ちゃんと、『です』つける。さっきリョータ、そう言った。それと、返事は『はい』」
「……はい……」
「ぶふぅっ!」
たまらずジャネットが吹き出した。サラも声を出して笑う。
「あははは! こうなっちゃ、さすがの男爵様もかたなしだねえ!」
「リョータよ、ここはひとつ、カナと一緒に礼儀作法を学んでくるのも手かもしれんぞ」
「……俺も、そんな気がしてきた……」
二人に言い返す気力もない俺の頭に、何かが触れる感触があった。
見れば、カナが俺の頭をなでている。
「ちゃんとわかった。リョータ、えらい」
「カ、カナ……」
子供のように頭をなでられ、俺も徐々に奮い立つ。そうか、俺、これでいいんだな。
復活した俺は、カナの頭をなで返す。
「ありがとうカナ! よし、俺もお前にふさわしい保護者になれるよう、もっとがんばるぞ! ラファーネ先生、どうぞよろしくお願いします!」
力強く頭を下げる俺に、サラとジャネットが意外そうな顔をする。
「リョータ……あんた、そんな言葉づかいもできたんだね……」
「お前がこんな風に頭を下げるとは……少し驚いたぞ」
ふん、何とでも言え。俺はカナのためなら、どんなことだってできるのだ。
「しかし、カナもずいぶんとしっかりした子になったもんだねえ」
「まったくだ。それに加えて、これからはラファーネ殿の指導も始まるのだからな。将来が楽しみというものだ」
「カナも、賢者様みたいなえらいお方になるのかねえ。いや、きっとそうなるような気がしてきたよ」
「ジャネット、お前もずいぶんと言うことがリョータに似てきたのではないか?」
「何さ、そういうあんたこそ」
「ははっ、違いない」
そうだろう、そうだろう。お前たちにもようやくカナのすごさがわかってきたか。まあ、俺はカナに出会った時から気づいていたがな。
それからしばらく、俺たちは茶を楽しみながらカナの将来について語り合った。