195 保護者の心境
ラファーネとカナの面談は続く。
「カナさんは冒険者養成学校をすばらしい成績で卒業されたそうですね」
「うん」
無表情にうなずくカナの袖を引っぱって注意する。
「カナ、返事は『はい』だ。いいな?」
「わかった」
本当にわかったのだろうか。見てるこちらが冷や冷やする。
大丈夫だとは思うが、ラファーネの機嫌を損ねては一大事だからな。俺も全神経を集中して見守らなければ。
「魔法は治癒魔法を専門に学ばれたそうですね」
「はい」
「実際に使ったことはありますか?」
「リョータやジャネットに使ってる。稽古でけがした時」
「うむ、カナの魔法は絶品だ。すぐに傷も痛みも飛んでいってしまう」
ここぞとばかりに、俺はカナの魔法がいかにすばらしいかをアピールする。
ジャネットも乗っかってきた。
「そうそう! 賢者様、カナの魔法はすごいんだよ! だから、賢者様が教えてくれればもっとすごくなるよ!」
「お前たち、少しは落ち着け」
サラが苦笑をもらす。
「ラファーネ殿は別にカナを試しているわけではない。そう心配するな。まったく、お前たちはカナのこととなると途端にみさかいがなくなるな」
「何だい、あんたこそカナがかわいくないのかい? そんな女にリョータはやれないよ!」
「なっ!? それとこれとは話が別……ではなくて! リョータをやるとか、いったい何の話だ!」
「お前たち、頼むからけんかはよそでやってくれ」
俺は今それどころじゃないんだ。面談に集中させてくれ。
「ご、ごめんよリョータ。あ、賢者様、ごめんなさい!」
「す、すまなかった。ラファーネ殿も、失礼した」
ジャネットとサラが俺たちに謝る。
いいのですよ、とほほえむと、ラファーネは話を続けた。
「カナさんは、学問の方も学ばれたいのですよね。今はどのようなことを勉強されているのですか?」
「読み書き、薬学、医学、歴史、地理。あと、数学」
「数学?」
「ああ、数学というのは算術をより抽象化したもののことだ。俺が独自に教えている」
「そうなのですか」
「カナには、数学以外を教えてやってもらいたい。指導科目はラファーネにおまかせする」
「承知しました」
俺が簡単に数学の説明を加えると、ラファーネが興味を示した。
「それにしましても、算術の抽象化とは興味深いですね。その数学という学問、むしろ私がリョータ様に学びたいものです」
「賢者様に教えられる自信はないな」
そう言って笑う。俺にしたところで、たかだか高校二年の範囲までしか知らないわけだしな。他人に偉そうに教えられる立場ではない。
「ところで、肝心なことをまだ聞いていませんでしたね。カナさん、私と会ってみて、指導を受けたいと思いましたか?」
カナはこくりとうなずいた。
「カナ、ラファーネに勉強教えてほしい」
「こら、カナ」
俺は思わず強い口調で注意した。
「ラファーネ『先生』だ。カナ、お前はこれから彼女にいろいろと学ぶことになるんだ。きちんと先生と呼ばなければだめだぞ」
「わかった」
カナが素直にうなずく。
「それと、目上の相手と話す時は敬語を使うんだ。学校でも習っただろう?」
「カナ、敬語、わかる」
「そうだ。先生にはちゃんと敬語で話すんだぞ」
「わかった」
そのやり取りに、ジャネットが首を突っこんでくる。
「リョータもいっちょまえに保護者だねえ。あんたがそんなこと言うなんてさ」
「茶化すなジャネット、これは大事なことなのだ」
そう、大事なことなのだ。この国最高の家庭教師をカナにつけることができるかどうかという、な。
それにしても、カナが一言発するたびに心臓が跳ねあがりそうになるな。まるで安全装置なしでジェットコースターに乗っているような気分だ。
カナに悪気がないことはわかっているが、それにしてもこれは肝が冷える。これからは人前に出る機会も増えるのだ、言葉づかいも教えていかなければいけないな。
そのカナはといえば、平然とした顔でラファーネと向き合っている。カナのこういう物怖じしないところは俺も舌を巻くのだがな。
「カナ、ラファーネ先生に勉強教えてほしい、です」
カナが丁寧語で言い直す。といっても語尾にですますをつけているだけだが、カナにしては上出来だ。
ラファーネも笑顔でうなずく。
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
よかった、どうやら無事に指導をしてもらえそうだ。俺自身は家庭教師をつけてもらうことはなかったが、家庭教師をつけていた友だちの両親などはこんな心境だったのだろうか。
その後は俺たちも交え、なごやかに話が進んでいった。