194 最高の家庭教師
ラファーネが、イアタークへと来てくれることになった。
裏ではサラがあれこれと手を回してくれたらしい。実際なかなか骨が折れたそうで、俺は少し申しわけない気持ちになった。
まあ、これもカナに最高の教育を与えるためだからな。
そのラファーネが来るということで、今日はカナを連れて城へとやってきた。やはり勉強する本人と会わせないとな。
それはいいのだが。
「へえ、あんたたち、こんなところで仕事してるのかい。うへえ、何だいその紙の山は。まさかこれ全部読むのかい?」
なぜかジャネットまでついてきた。何でも、カナに先生をつけるのなら自分も行かないといけないのだそうだ。
いや、お前は以前一度ラファーネに会ってるし、別にいいだろう。要は俺とサラの偵察に来たかっただけだろ、こいつ。
書類の山に目を回したジャネットは、カナと一緒にお菓子をつまむことにしたようだ。まあ、下手に書類をいじられるより遥かにいい。
お菓子にパクつく二人を見つめながら、俺はサラに話しかけた。
「ずいぶんと面倒をかけてしまったな。すまない」
「何、お安いご用だ。私もラファーネ殿がイアタークにいてくれれば安心できるしな」
「しかし、よく呼び寄せることができたな」
「基本的にはグスタフの時と同じだ。とはいえ、苦労したぞ。ラファーネ殿の場合はミルネ全土にその名が知れた大魔法士だ。どこものどから手が出るほど来てほしがっているからな。私も必死に魔族の脅威とイアタークの重要性を訴えて回ったのだぞ」
「わかっている。本当に感謝している」
「べ、別に、礼などいい」
赤面したサラが顔をふせた。こいつは礼を言うとすぐにこうなるな。
しばらくして、部屋へとやってきた女官がラファーネの到着を告げた。
俺たちも席に着いて待っていると、扉がノックされる。
サラが返事をすると、扉が開かれて女官と共に小柄な女性が入ってきた。ラファーネだ。
「殿下、ごぶさたしておりました。皆さんもお久しぶりですね」
柔らかくほほえむラファーネに、俺たちも次々にあいさつをする。ジャネットはあいかわらずラファーネの前だとがちがちになるな。
カナに気づくと、ラファーネは笑顔を向けた。
「そちらがカナさんですね。はじめまして、私はラファーネと申します」
カナもちょこんと頭を下げた。
「カナです。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
にっこりと笑うと、サラにうながされてラファーネは席に着いた。俺たちもソファに座る。
ソファの一方にはサラとラファーネが、反対側にはカナをはさんで俺とジャネットが座っている。何というか、三者面談みたいな感じだな。
まずは俺が話を始めた。
「ラファーネ、今回はカナの家庭教師の件を引き受けてくれて、心から感謝する。学業と魔法、両方を教えてやってほしいと思っているが、どうかよろしく頼む」
「私でよければ、微力を尽くさせていただきたいと思います。もちろん、カナさんとの相性もありますので、あくまでカナさんにご納得していただければの話にはなりますが」
「もちろんだ。少し話をしてやってくれ」
ジャネットがカナの頭越しに俺にささやく。
「だ、大丈夫かねえ。カナ、賢者様に認めてもらえるのかい?」
「大丈夫だ、カナはできる子だからな」
そう答える俺の声が、少しだけ震える。信じてはいるが、相手は王国一の賢者だからな。万が一にもありえないとは思うが、ひょっとしたら、今のカナでは自分が指導するに値しない、と判断されてしまうかもしれない。
手に汗握りながら二人を見守っていると、ラファーネがカナに話しかける。
「カナさん、あなたはどうして私に学びたいと思われたのですか?」
「わからない。カナ、リョータにラファーネすごい先生って言われた」
「ちょ、ちょっと待てカナ!」
俺は慌ててカナの口を押さえた。声が思わず裏返る。
「す、すまん、カナは少し質問の意味がわからなかったみたいだ。あまり人と話すのが得意ではなくてな。俺が間に入っても構わないだろうか?」
「ええ、どうぞ」
ふう、ラファーネがいい人で本当に助かったぞ。わからないだの親に言われたからだの、気が短い先生ならその場で即断られても文句は言えん。いきなり心臓が止まるかと思ったぞ。
背中を汗でぐっしょりと濡らしながら、俺はカナに説明する。
「カナ、今の質問はな、どうして普通の先生ではなく、ラファーネのようなすごい先生に勉強や魔法を習いたいのか、ということを聞いているのだ。わかるか?」
「カナ、わかる」
うなずくと、カナはラファーネの方を向いて言った。
「カナ、戦いでリョータたち助ける。魔法上手なら、リョータたち助けることができる。すごい先生に習えば、魔法すぐにうまくなる」
「なるほど、リョータ様を手助けするために、一日も早く冒険者として立派になりたいから、ということなのですね」
「うん」
心なしか、カナのうなずきが力強く見える。カナ、お前そんなことを思ってたのか。なんて孝行娘なんだ。よしよし、今日はこの後うまいもの食わせてやるからな。
カナの勉強の動機に思わず涙を流しそうになっている横で、ラファーネとカナの面談が続く。
俺はカナの一挙手一投足にはらはらしながら、二人の会話を固唾を飲んで見守っていた。