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193 どら息子の決断




「ところで、だ」


「は、何でございましょう」


 俺は少しもったいぶって言った。


「今回はよくやった。正直、お前が父親を動かせるとは思っていなかったぞ」


「お、お褒めの言葉、恐悦至極に存じます! リョータ様の命とあらば、このジギスムント、身命を賭して任をまっとうするのみです!」


 まあ、絶対に成功させろと言っておきながらこう言うのも何だがな。だが、こいつが宮廷工作にはそれなりに使える奴だとわかったのは意外な収穫だった。


「そこで、だ」


「はい」


 顔を上げたどら息子の目が、欲にまみれてぎらついている。俺が次に言う内容がわかっているので、興奮と期待を抑えられないといった目だ。


 思わず殴りたくなるその顔に、いっそ言うのやめようか、と一瞬思ったが、そこはぐっとこらえる。


「約束通り、お前に『クロノゲート親衛隊』の末席に名を連ねることを許そう」


「あ、ありがたき幸せにございます!」


 俺の言葉に食い気味に返事すると、どら息子が鼻の穴がふくらんだ顔を上げた。


「以後、お前には親衛隊の一員として、これまでより遥かに厳しく己を律してもらうことになる。覚悟はいいか?」


「もちろんでございます! 下僕どもにも、リョータ様の臣下たるものの何たるかを叩きこんでくれましょう!」


 やっぱこいつ、褒美やりたくねえな。今の今までこいつもその下僕の一員だったというのに何調子に乗っているんだ。まずお前がその教えを叩きこまれるんだよ。



 最高にイラッときた俺だったが、そこはぐっとこらえる。まあいい、こいつに関しては、親衛隊の面々に後ほどきっちりと教育しておいてもらうとしよう。


「言っておくが、お前はあくまで末席だからな。それに、何か問題を起こした時には即座にその地位を剥奪する」


「おまかせください! リョータ様の名を汚すようなことは決していたしませんし、させません!」


 何だか頭が痛くなってきた。こいつがいるだけで俺の名がみるみる地に堕ちていく気がするのは気のせいだろうか。


 しかたない、約束は約束だ。ここは俺も腹をくくろう。


「いいだろう。それでは今より、お前は親衛隊の一員だ。せいぜい励むがいい」


「は、ははぁっ! ありがたき幸せ!」


 どら息子が平伏する。あー、何かやだなー。サラのためとはいえ、あんな約束するんじゃなかったなー。



 まあ、今さら後悔してもしかたない。今はこいつを有効活用することを考えようか。


「お前はイアタークに来るのか?」


「そ、それは……」


「そうだったな、あんなところに飛ばされては、もう出世は望めないのだったな。お前ももうそんな俺の相手などしてはくれないのだろうな」


「と、とんでもない! リョータ様の命とあらば、今すぐにでもイアタークへと向かいます!」


 血相を変えるどら息子に、俺は薄く笑う。


「冗談だ。それに、俺がいないのに今イアタークに行ってもしょうがないだろう」


「そ、そうでしたな」


「お前には、引き続き貴族のばか息子どもが調子に乗らないよう、王都で活動してもらおう。王都での貴族どもの動きも探ってもらおうか」


「はっ! 引き続き、この私めが王都の治安を維持してまいります!」


 何が治安を維持する、だ。治安の悪化はお前らが主な原因だったんだろうが。ばか息子の筆頭が調子に乗るな。



 それはともかく、俺はどら息子に聞く。


「ところで、だ。お前らからすれば、サラと結びつきの強い俺は王党派、つまりお前らの敵、ということになるのだろう?」


「そ、そんなことはございません! 私はリョータ様の忠臣を自任しております、そ、そんな、敵対など!」


 慌てて答えるどら息子に、俺は構わずに問う。


「そろそろはっきりさせておこうか。俺が貴族派であるお前たちの親どもと敵対した時、お前はどちらにつくつもりだ?」


 立ち上がると、俺は壁に立てかけていた剣に手をかけた。


「もしも敵になるというのなら、禍根は断っておかなくてはな」


 俺の言葉に、部屋の空気が凍りつく。


 壁際の貴族どもが無謀にも襲いかかってくるかと思ったが、連中も顔面蒼白になりながら動けずにいる。俺に恐れをなしているのか、それとも案外こいつの教育が浸透しているのか。


 どら息子は今日何度目かの土下座をした。


「ち、誓います! 私は絶対にリョータ様を裏切りません! たとえ父上が、すべての貴族が敵に回ろうとも、私はリョータ様を裏切りません!」


 そう叫びながら、俺を見上げてくる。その顔は嘘を言っているようには見えない。というより、ここで嘘を言えば確実に殺されると怯えきっている目だ。


 人は死を前にしてそう嘘をつけるものではないからな。これは信じてもいいだろう。

 というか、もし万一これが演技だとしたら、俺はこいつにはかないそうにないしな。



 俺は剣から手を放すと、どら息子に向かって言った。


「よかろう。お前の言葉、信じてやる。忠勤に励めよ」


「は、ははっ! ありがたき幸せ!」


 絶叫すると、涙と鼻水をたらして額を床にこすりつける。壁際の連中は、その様子を唖然としながら見つめていた。


 しかし、どこまで信用できるかはともかく、貴族派よりも俺を取るとはな。そのあたりはなかなか利に聡いじゃないか。まあ、俺の脅しが効いているだけかもしれんがな。



 ともあれ、面倒な用がひとつすんだ。それともうひとつ、こいつには大事な用がある。


「ところで、例のものは用意してあるか?」


「はっ、ただいま!」


 立ち上がると、どら息子は向こうのテーブルへと駆け出した。バスケットをひとつ手に取ると、駆け足で戻ってくる。


「こちらになります!」


「うむ」


 そうそう、これだこれ。満足する俺に、どら息子が説明する。


「こちらは王都でも、特に貴族の小さな子供に好かれている店の焼き菓子です! きっとカナ様にもお喜びいただけるかと!」


「ご苦労。あいつはなかなかにグルメだからな」


「さすがはリョータ様のご家族です! もしご希望がありましたら、私に命じていただければ、ミルネ中どこからでも最高の逸品をお取り寄せいたします!」


「うむ、期待しているぞ」


 こう見えて、こいつはカナへのみやげに関してはレーナに負けず劣らずいいセンスをしているのだ。何度処分しようと思ったかしれないにもかかわらず、俺がこいつを殺さずに今日の今日までそばにおいてやっているのも、8割がたはこの理由による。


 というか、今日こうして足を運んでやったのもほぼこれが目当てのようなものだ。はあ、よかったよかった。家に帰ったら、カナと一緒にゆっくりと味わおう。




 今日もカナにいいみやげができた、と満足した俺は、上機嫌でどら息子にもう一杯酒をつがせるのだった。





意外な忠誠心と才能(?)を見せたどら息子でしたが、また機会があればどこかで取り上げたいと思います。


なお、来週から火曜日と金曜日の週二回更新にしようと思っています。第一部も残すところあと20話ほどとなりましたが、今後もご愛読いただけると嬉しいです。

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