191 王国の宿将
今日は、俺に会わせたい人物がいるそうだ。
サラにそう言われ、俺は仕事を進めながらその人物がやってくるのを待つ。
しばらく仕事をしていると、その人物が到着したらしい。
サラがリセをともない迎えに行く。姫騎士みずから迎えに出向くとは、なかなかどうして大した人物のようだ。
部屋を出てからさほど時を置かずして、サラが戻ってきた。
サラの隣には、一人の武人の姿があった。
年は40なかばから50の手前といったところか。ただ、髪はすでに真っ白だ。元々こういう色なのだろうか。
まあ、若くても白髪になるタイプもいるからな。以前、ある白髪のアナウンサーがまだ30代なかばだと聞いて驚いた記憶がある。
体つきはがっしりとしている。服の上から見ても、その下には筋骨たくましい肉体があるのが一目瞭然だ。俺とさほど変わらないくらいの中背ながら、体重は相当違いそうだ。
これが、サラが俺に会わせたいと言っていた例の副将か。いかにも歴戦の勇将といった風情だ。彼が騎士団長だと言われても、俺はまったく疑わないだろう。
サラが俺に男を紹介する。
「リョータ、紹介しよう。こちらはグスタフ、南方方面防衛軍副司令を務めることになる。我が軍でも最年長、宿将中の宿将だ」
「最年長?」
「ああ、もう60近くになる」
「そうなのか!?」
思わず驚きの声がもれる。とてもそうは見えん。だが、そうであれば白髪なのも納得できる。
男が俺に頭を下げる。
「お初にお目にかかります、クロノゲート閣下。私はグスタフ、このたび殿下より王国南方方面防衛軍副司令の職を拝命いたしました。どうぞお見知りおきのほどを」
「リョータ・フォン・クロノゲートだ。あなたの話はサラから聞いている。優秀な騎士だそうだな」
「恐縮です」
そう一言言うと、そのまま口を閉ざす。見た目の印象通り、寡黙な男のようだ。
しかし、見れば見るほど強そうな男だな。60手前の老人だというのに、いったい何なんだ、この気迫は。
老人といえば、魔界の森で出会ったあの老人を思い出す。奴といい、このグスタフといい、この世界の老人には強い奴しかいないのか?
俺はサラに聞いた。
「彼は何代前の騎士団長なんだ?」
サラは首をかしげた。
「騎士団長? ああ、確かにお前がそう思っても不思議ではないな。だが、彼は騎士団長経験者ではない」
「そうなのか?」
「ああ。実は3代も前から騎士団長にと乞われ続けているのだが、この堅物め、その都度かたくなに固辞し続けていてな」
サラが苦笑する。
「私には重すぎる任ですので」
「お前に務まらないなら、他の誰にも務まらないさ。まあ、魔界やライゼンとの境界を守る南東要塞司令官の任を離れたがらなかったというのが本当のところだ」
「なるほどな。みずから国の盾として、命をはって国と民を守りたかったというわけか」
「そんな大層なものではございません。殿下の買いかぶりにございます」
そう謙遜するが、サラの言うことが正解なのだろう。サラは世辞で人を褒めたりなどはしない。
「こんなことを言ってはいるがな、今でもその剣の腕は鈍ってはいないぞ。それに、用兵にかけては間違いなく我が国随一だ」
「お前よりもか?」
「私よりも、だ。グスタフは私の用兵術の師だしな」
それほどの男なのか。それは心強いな。
「私の右腕として、これ以上の者はいないと思ってな。こうして呼び寄せたのだ。グスタフにしても、今やすっかり平和になった要塞に閉じこもるより、魔界との最前線に立ちたいだろうと思ってな」
「ふむ、国の盾になるのならば、確かにその方がいいだろうな」
俺もサラの言葉にうなずく。
それから、グスタフに向かって言った。
「俺も南方領総督として歓迎する。あなたのような百戦錬磨の名将がイアタークに来てくれるのなら、俺も心安い」
「もったいなきお言葉です、総督閣下」
「リョータでいい。よろしく頼むぞ」
そう言って、俺はグスタフに握手を求める。
グスタフは、予想通りのごつい手で力強く手を握ってきた。
サラが満足そうに笑う。
「お前もずいぶんとグスタフを気に入ったのだな。自分の名前を呼ばせるとは」
「名前?」
「そうだ。お前はなじみのある人間以外には名前を呼ばせないからな。もしかして、気づいてなかったのか?」
確かに、言われてみればそんな気もする。男爵になって閣下呼ばわりされるようになってからは、名前で呼んでくる奴も減ったしな。
「そういうわけでリョータ、今後イアタークで軍を動かす時は、基本的にグスタフが全軍を指揮し、我々は彼の指揮の下で戦いに参加することになるだろう。異存はないか?」
「ああ。お前の用兵の師なのだろう? だったら何の心配もない。それどころか、数年前倒しで魔界を平定できそうだ」
「そうだな、魔族の脅威を一掃するためにも、より一層がんばることにしよう」
それから、サラはグスタフに席に着くよううながした。
「お前もリョータも、互いに聞きたいこともあろう。私も久しぶりにお前の話が聞きたい。そのくらいの時間はあるだろう?」
無言でうなずくと、グスタフは席へと着いた。俺もサラと並び、グスタフの向かいに座る。
それからしばらくの間、俺たちはお互いについていろいろと話し合った。
グスタフか。こんな男がミルネにいたとはな。これならサラも安心して防衛軍を任せられるだろう。
新たに頼もしい仲間も増え、俺はまた一歩前進したような気持になっていた。