188 カナの今後
今日も俺は、サラと共に執務室にこもりきりで書類と格闘している。
しばらくして、少し休憩を取ろうということで茶を飲むことにした。
優雅に茶をすすりながら、サラが俺に聞いてくる。
「どうだ、引っ越しの準備は進んでいるか」
「いや、まだほとんど手つかずだな。引っ越しまでまだ日もあるしな」
「そう思っていると、案外すぐにその日になってしまうものさ。まあ、これは自身への戒めでもあるのだが」
「そんなものかもな」
茶菓子をほおばりながらあいづちをうつ。
と、サラが俺に聞いてきた。
「ところで、カナはどうするつもりだ?」
「どうする、とは? 当然いっしょに連れていくが?」
「いや、そうではなく、学校なり勉強なりをどうするという意味だ」
「あ……」
言われて気づいたが、確かに勉強などはどうすればいいのだろうか。イアタークにはちゃんとした学校などあるまい。
え、いや、ホントマジでどうする!? このままじゃカナにちゃんとした教育を受けさせてやることができないぞ!? まずい、このまま何も学ばずに大人になれば、カナは最悪ニートになってしまうかもしれん! ど、ど、どうしよう!?
恐怖に駆られた俺は、真っ青になってサラにすがりついた。
「サ、サラ! お、俺はいったいどうすればいい? このままでは、カナがニートになってしまう!」
「お、落ち着けリョータ! 言ってる意味がわからんぞ!」
俺の両肩をつかんで引きはがすと、少し顔を赤くしてサラが見つめてくる。おかげで少し冷静さを取り戻すことができた。
「すまん、少し取り乱した」
「少しどころではなかったが……まあいい。つまり、カナの勉強に不安があるということだな?」
「そ、そうだ! いったいどうすればいい!? 頼む、教えてくれ!」
「わ、わかったわかった。わかったから、少し落ち着け」
再び声を荒げる俺に、サラが諭すように言う。
「まったく、お前はカナのこととなると人が変わるな」
苦笑すると、サラは俺に説明し始めた。
「いいか? まず、そもそも王都などの大都市をのぞけば、大国と言われる我が国においてもまともな学校がない町の方が多い」
「そ、そうなのか」
「そんな顔をするな。一方で、貴族の子弟ともなれば、学業を修めて中央で活躍することを期待されることも多い。では学校がない地方の貴族の子弟はどうやって勉強をするのか、という話になる」
「ど、どうするんだ? 就職の時に金でも積むのか?」
「おい、寝ぼけたことを言うんじゃない。そうではなくてだな、地方の貴族であれば、通常は家庭教師を雇って子供につけるのが一般的だ」
「ああ、なるほど!」
俺はひとつ手のひらをぽんと叩いた。そうか、家庭教師か、その手があったじゃないか!
思わず立ち上がると、俺はサラの手を取って感謝の言葉を口にした。
「サラ、ありがとう! 本当にありがとう! これでカナもニートにならずにすむ!」
「そのニートというのが何なのかは知らんが、お役に立てたようで何よりだ」
少し顔を赤くしてサラが言う。
やがて、俺が落ち着いたのを見はからってサラは席に着いた。
「そういうわけで、カナに勉強をさせたいのなら、今から家庭教師を探すことをすすめるぞ。何なら、私の方で何人か紹介してもいい。勉強だけでなく、治癒魔法の方も修行させたいだろう?」
「ああ、確かにそうだな」
手に職をつけるのは大事なことだしな。
しかしあれだな、どうせ家庭教師をつけるなら、一流の先生をつけたいものだな。俺の知り合いで、一流の魔法士というと……。
あ、一人だけいたな。
俺はサラに言った。
「そうだな、ではカナの家庭教師にはラファーネをつけるとしよう」
「ラ、ラファーネ殿を!?」
サラが驚きに目を丸くする。
「そうだ。彼女は王国一の賢者なのだろう? ならばカナの家庭教師にふさわしい」
「い、いや、そうは言うがなリョータ、ラファーネ殿とていろいろな任務をまかされているのだぞ?」
「そんなもの、どれほどのことがある。だいたい、これからはイアタークが対魔族の最前線になるのだ。であれば、優秀な人材はイアタークに集めるべきだろう。何より重要なのは大元の魔族の脅威を取り除くことなのだ、国内の雑魚どもを狩っている場合ではない」
「そ、それはそうかもしれんが……」
しめた、サラも乗ってきたぞ。
まったく、サラも存外ちょろい女だ。魔族の脅威など、俺がその気になればいつでも取り除けるのだ。そんなものが重要なわけがないだろう。
最も重要なのは、カナに一番の家庭教師をつけることに決まっている。
若干渋るサラに、俺はとどめを刺すことにした。
「そうだ、サラ、今こそ約束を果たしてもらうとしよう」
「約束?」
「そうだ。俺が総督就任を承諾した時に交わした、あの約束だ」
「ああ……」
サラがあからさまにしまった、という顔をする。例の、ひとつ何でも言うことを聞くという約束だ。まさかここでそのカードを切ってくるとは思わなかったのだろう。
しばらく考えこんだサラは、やがて覚悟を決めた様子で顔を上げた。
「わかった。約束だからな。私も微力を尽くさせてもらおう。ラファーネ殿に話を取りつければいいのだな?」
「おお、やってくれるか。ああ、よろしく頼む」
頭を下げる俺に、サラは額に手のひらを当てながらつぶやいた。
「まったく、本当にお前という奴は……。カナのためならば手段を選ばないのだな。まあ、お前らしいと言えばお前らしいのだが」
「俺はカナの保護者だからな。保護者として当然の務めを果たしたまでのことだ」
そうだな、とサラが苦笑をもらす。何だ、何がおかしい。
だが、これでカナがニートになる心配はなくなったな。それどころか、学業を修めるだけでなく手に職までつけられそうだ。
日本でも女子の間では看護系が人気だからな。いや、カナならきっと国立医学部から女医になるだろう。そうだ、そうに違いない。
カナの将来に安心した俺は、再び仕事に精を出すのだった。