187 姫騎士の右腕
総督就任を受諾した次の日から、城に通い詰める日々が始まった。
ある程度予想はしていたが、やはりやらなければならないことがいっぱいだ。俺は連日城に出向いてはサラたちと話し合い、山のような書類に目を通し、家に持ち帰る。
書類の量も尋常じゃない。単純に、紙が日本とは全然別物だからな。たった一枚の書類が、無駄に厚くて重い。それが何百とあるのだからたまったものではない。
サラは家まで運ばせると言ってくれたが、それも面倒なので一か所に固めておいてくれと頼んだ。もちろん、まとめて転移魔法で家まで運ぶためだ。まあ、俺が転移魔法を使えること自体はサラも知っているしな。
そして今日も、俺は王城の一室でサラと共に書類とにらめっこしていた。
「それにしても、マクストンの獣人の移動は大変だな。というか、俺がそれを考えるはめになるとは思わなかった」
「そうだったのか? 私ははじめから、リョータが手伝ってくれるから大丈夫だと思っていたぞ」
「そりゃ、お前ははなから俺を総督にするつもりだったんだろうからな」
俺のぼやきを無視して、サラは手元の資料に目を通す。
俺もあきらめて書類に目を通していたが、ふと気になってサラに聞いてみた。
「そういえばサラ、イアタークに駐屯する防衛軍はお前の指揮下にあるんだよな。総督には何かそういう直属の部隊みたいなものはないのか?」
「そうだな、基本的にはイアタークの防衛や治安は防衛軍が担当することになるからな。総督直属の部隊があるわけではない」
「では俺は軍を動かすことはできないということか」
「いや、総督は必要とあらば防衛軍司令に対して軍の出動を要請することができる。その上で、司令の判断で総督に一軍をあずけることも可能だ」
「つまり、総督は司令より格下というわけか」
「そうではない。総督と司令の間に上下の別はない。総督は行政全般の、司令は軍事面の最高責任者であるということだ」
なるほど、と俺がうなずいていると、サラが続ける。
「司令にも制約がある。軍を動かす場合、原則として司令は総督の同意を得なければならない。総督側からすれば、手持ちの兵力がないのだから防衛軍に勝手に町を空にされては困るわけだ」
「ああ、そうか」
「だから、軍を動かす際にはお前のところに行って同意書に印を押してもらう必要がある。お前も、軍に動いてほしい時は私のところに来て要請書を提出してもらわなければならない」
「同意書など不要だろう。俺はお前の判断を尊重しているし信頼もしている。お前が必要と思ったのであれば、いちいち俺のところに来る必要などない」
「そうもいかんのだ。同意書なしに軍を動かすなどということがまかり通るようになれば、軍の暴走を招きかねない。それに、いつまでも私がここの司令でいるわけでもないのだからな」
「それはそうだな。しかし、何だか面倒なんだな」
考えるだけでため息が出る。
「まあ、そこは我慢してくれ。何、私が書類を持っていって、お前がそれに印を押すだけだ」
「それもそうか」
まあ、サラが会いに来てくれるのだしな。むしろ喜ばしいことかもしれん。
「それと、もうひとつ言っておくことがある」
「何だ?」
「王国の正規兵は総督の指揮下にはつかないが、総督が自ら私兵を集めることはできる。まあ、貴族と似たようなものだな」
「ほう」
「だから、もしあてがあるのなら兵を集めてもらって構わん。ギルドで募集してもいい」
「それは助かる」
では、せっかくだから「クロノゲート親衛隊」を中核に直属の部隊を作らせてもらおうか。メンバーも4人に増えたしな。そのどれもが俺の眼鏡にかなった一騎当千の強者たちだ。
ああ、あのどら息子を入れれば5人か。そうだった、根回しがうまくいったら親衛隊にしてやると約束していたのだったな。どうする、難癖つけて白紙に戻すか?
いや、さすがにそれはまずいか。変にヘソを曲げられても面倒だしな。意外な才能も見せてくれたのだ、俺も主らしく褒美をとらせるべきだろう。
まあ、どうせ奴はイアタークには来ないのだ。別に名ばかり親衛隊に取り立ててやったところで問題はあるまい。
「その顔を見ると、ある程度あてがありそうだな」
「まあな。いずれお前にも披露してやるさ」
「それは楽しみだ」
楽しそうにサラが笑う。
と、また疑問が浮かんできたので、サラに聞く。
「サラ、お前は司令になるというが、それだと前線に出にくいのではないか?」
「ふむ?」
「前のように遊撃隊としてならある程度好き勝手に動けただろうが、全軍の大将となるとそうもいかんだろう。かといって、向こうは最前線だ。強力な魔族が現れれば、お前が先頭に立つしかあるまい。それはどうするつもりだ?」
俺の懸念に、サラは笑って答えた。
「無論、それに関しては私もすでに対策を練ってある。具体的には、私に代わって全軍を指揮する副将を立てる。私が前線に立つ時には、その副将が全軍の指揮をとる。わかりやすいだろう?」
「まあな。だが、オスカーやシモン以外にそれだけの兵をまかせられる人物などいるのか?」
「我がミルネ王国を見くびってもらっては困る。すでに人選は終わっている。むしろ、彼が事実上の司令となり、私は一兵卒として前線に立つことになるだろうな」
「お前がそこまで信頼を置くとは、大した男なのだろうな」
「ああ、おそらく用兵にかけては我が国随一だ。今度お前にも会わせるつもりだから、その時はよろしく頼む」
「ああ、わかった」
そこで話が一段落し、俺たちは再び書類へと視線を落とす。それからは、また黙々と書類に目を通し続けた。
サラにあそこまで言わせる男か。まあ、俺ほどではないだろうが、少しは楽しみだな。本当にサラが言うほどの人物なのか、この俺が直々にとくと見極めてやろう。