184 城からの呼び出し
久しぶりに、サラに呼び出された。
久しぶりといっても、マクストンから戻ってまだ半月もたってはいないか。何でも、今日は大事な話があるのだそうだ。
今回はカナも連れてきてほしいということで、俺はジャネット、カナとともに城までやってきた。いったい何の話だろうか。
城内へ通されると、俺たちはいつもの執務室へと案内される。
部屋には、いつものようにサラとリセの姿があった。サラはソファに腰かけ長い脚を組み、リセはその後ろに立ってひかえている。
「よく来たな。まあ、そこにかけてくれ」
俺たちにそううながすサラの顔が、今日はずいぶんとうきうきしているように見える。まるでいたずら小僧のようだ。こいつ、何かたくらんでるのか。
俺たちがソファに腰かけると、サラはまず手元にあった包みをジャネットに差し出した。
「ジャネット、お前にみやげを用意した。受け取ってもらえるか」
「へえ、こりゃありがたいね。ありがたくいただくよ」
「リョータからは、みやげを期待していると聞いていたからな。とびきりのものを用意したぞ」
「あら、そりゃどうも。開けてみてもいいかい?」
「ああ、もちろんだ」
それじゃ失礼、とジャネットが包みを開けていく。
中から出てきたのは、布やら液体が入ったビンやらいろいろだった。風呂グッズか?
ジャネットも首をかしげながら聞く。
「こりゃ何だい?」
「マクストンで売られていた、最高級の剣の手入れセットだ。液を塗って、その布や石で磨き上げると刀身が美しく輝くそうだ」
「へえ、そりゃいいね。ありがとさん、姫騎士様」
軽い調子で言っているが、ジャネットもずいぶんと喜んでいるようだ。サラも満足げにうなずく。
カナが不思議そうにつぶやく。
「おみやげ、食べものじゃない」
「ジャネットにはあれでいいんだ。お前もドレスをもらったら嬉しいだろう?」
「うん」
「そういうことだ」
カナの頭をなでていると、サラが俺に視線を向けた。
「レーナには、みやげを渡してもらえたか?」
「ああ、ずいぶんと恐縮していたぞ。家宝にするそうだ」
「そんな大層なものではないのだが、喜んでもらえただろうか」
「それは問題ない。何度も礼を言っていたぞ」
「そうか、なら何よりだ」
俺の言葉に、サラが笑顔を見せる。
それから、その表情を引きしめた。
「さて、それではさっそく本題に移ろうか」
「ああ、頼む」
うなずくと、サラは話を始めた。
「今日はいくつか伝えることがあるのだが、まずは私の話からにしようか」
「また仕事が増えたのか」
「まあ、そんなところだ」
肩をすくめてサラが笑う。
「このたび、私は王国南方防衛軍司令を拝命することになった。一月ほど後に、イアタークへと向かいその任に就く」
「イアタークに?」
俺は思わず聞き返した。
「ああ。それにともない、王国正規兵の約半数が私の麾下となる」
「それは……大出世なんじゃないか?」
「そうなるな。同時に王国軍副司令にも就任する。王国軍の司令は基本的に騎士団長が兼務しているのだが、今回は正規兵の半数をあてることになるからな。責任の所在を明確にするために副司令職を新設する」
「えらいことになったな。軍の中でのお前の地位も相当上がっただろう」
「ああ。軍務卿、騎士団長に次ぐナンバー3ということになる。最前線に立つわけだから、オスカーには悪いが事実上の王国軍司令と言えるだろうな」
「そうか、おめでとう」
何というか、あいかわらず凄い女だ。以前副団長を辞めた時はどうなることかと思ったが、あっという間にその分を取り返してしまった。みそぎも終わったということか。
ジャネットが俺に聞く。
「リョータ、よくわからないんだけど、サラはまたえらくなったのかい?」
「ああ、軍ではサラよりえらいのは軍務卿とオスカーだけになるそうだ」
「へえ、そりゃすごいじゃないのさ! リョータ、今度お祝いしようよ、お祝い!」
嬉しそうにジャネットが笑う。お前はどうせまた酒が飲みたいだけだろう。
それから、俺はサラの方へと向き直った。
「しかし、そうなるとさびしくなるな。お前がイアタークへ行くとなると、こうして会う機会も減ってしまう」
「何、そうでもないさ」
サラがニヤリと笑う。こいつ、やっぱり何かたくらんでいるのか。
「まさか、俺たちもイアタークに連れていく気じゃないだろうな。それならそうと言ってもらわないと、こちらにも準備というものがあるのだが」
「まあ、そう慌てるな。話はまだあるんだ」
意味深な笑みを浮かべたまま、サラが話を続ける。
「次の話だが、総督の人選がほぼ決まった」
「ほう」
「どういうわけか、シュタイン侯が異を唱えなくてな。むしろ賛同の素振りすら見せていた。他の貴族もこの件に関してはそれほど反対しない方針のようだ」
「そうか、それはよかったな」
どうやら少しは仕事をしたようだな、あのどら息子。こういう宮廷政治のようなことに関しては、奴は存外有能なのかもしれない。
サラも嬉しそうに続ける。
「そんなわけで、後は総督候補に承諾さえしてもらえればめでたく決まるというところまで来たわけだ。これでようやく私の荷も軽くなる」
「それは何よりだ。お前、イアタークの件で大変そうだったからな」
「だろうだろう、お前もそう思うだろう」
ますます上機嫌にサラが笑う。
「そんなわけでだ、リョータ」
笑顔で俺を見つめながら、サラは言った。
「お前ならやってくれるだろう? イアタークの総督を」
そう笑うサラの瞳は、やはりいたずら小僧のそれだった。