180 協議を終えて
マクストンに滞在して数日。どうやら協議も無事まとまったらしく、その日の午後はサラと二人で少し王都を見てまわった。
夜になり、夕食を終えた俺とサラは宿舎のバルコニーに出ていた。
あたりは暗くなり、王都には明かりがともり始める。
「話もまとまったようでよかったな」
「ああ。具体的なところを詰めるのに少々手間取ったが、無事協議を終えることができた」
それから少し残念そうにサラが言う。
「すまないな、本当ならもう一日くらい滞在してゆっくりと観光させてやりたかったのだが」
「気にするな。俺とカナはもう存分に楽しんだからな。まあ、たしかにもう少しゆっくりお前とこの街をまわりたかったとは思うがな」
「そ、そうだったか。すまない」
顔を赤くしてサラがうつむく。
「それに、お前も忙しいんだろう? ミルネに帰ったら」
「ああ。これから持ち帰る仕事とあちらに残っている仕事とあるからな。向こうに帰ったら、寝る間もないかもしれん」
「例の獣人の引き渡しか」
「そうだな、まずはそれをすませないとな」
サラは自分の手のひらを指さしながら続けた。
「単純に、どうやって獣人をイアタークまで運ぶかを決めるだけでも一仕事でな。仮にこうやって、マクストンの獣人収容地点からマクストン王都、ミルネ王都、イアタークと道をとれば、最短でもざっと10日はかかる。その間300人以上の人間に飯を食わせるだけでも一苦労だ」
「たしかにな」
300人が10日か。1日の食費を2000円と見積もれば、食費だけで600万円。宿代やら何やらも含めれば相当な額になるだろう。
というか、それだけの人数が泊まれる宿を確保すること自体大変か。東京でさえ、オリンピックで宿が確保できるかわからんみたいな話があるくらいだ。聞くところによれば、コミケの時期は全然宿が取れないらしいしな。
サラも似たようなことを考えていたようだ。
「それに、それだけの人間を収容する施設を旅先で確保できるかという問題もあるしな。仮に今例にあげたルートを取る場合は主に軍の施設を利用することになるだろうが、そうなるとさらに行程がのびてしまう。それに、ピネリからイアタークまではどのみち野営するしかない」
「準備だけで気が遠くなりそうな話だな」
「そうだろう? 総勢300人以上の移動など、この前の遠征に匹敵する規模になるからな」
サラがにやりと皮肉な笑みを浮かべる。まあ、笑いたくもなるだろうな、そんなでかい計画を立てなきゃならんとなれば。300人なんて、パッと聞いた感じでは大したことなさそうなのにな。
「さすがにそれは大変だということで、今回は収容地点からイアタークまでを横断するルートを検討していたのだ。これなら3日か4日ですむ。今後さらに魔界へと進むことになれば、このルートを開拓しておかないと後々大変だしな」
「なるほどな。まあ、それでも大変そうだが」
「リョータもようやく私の苦労がわかってきたか」
そう笑うサラに、俺はもうひとつ聞いた。
「しかし、獣人たちはうまくなじめるものかな。ミルネの獣人は元々その土地に住んでいた連中だからどうにかなるだろうが、マクストンの獣人たちはどうなんだ?」
「彼らにはイアタークで暮らしてもらうことになるだろうな。各地から移住してくる人間も相当数いるし、そのあたりは新総督の手腕にかかってくるだろう」
「新総督殿のお手並み拝見、といったところか」
「そうだな、私も期待している」
それから、サラは少し頭が痛そうな顔をした。
「それにしても、その総督選びだ。帰ったら貴族派とやり合わなければならないとなると、何とも気が重い」
「まあ、それはきっとうまくいくさ。何なら俺もいつでも力になってやる」
「それは頼もしいな。頼りにさせてもらおう」
そっちの方はあのどら息子がいろいろと手を回しているはずだからな。奴も今後がかかっているんだ、少しは働いているだろう。
「それにしても、お前といっしょにいるとつい仕事の話になってしまうな」
「そ、そうだな。申しわけない」
「いや、いいさ。俺もそういう話は嫌いじゃない」
「そ、そうか」
「というよりも、俺はお前といっしょにいられればそれで満足だからな」
「な……!?」
目を見開くと、そのままサラはぷいと向こうを向いてしまう。本当にからかいがいのあるやつだ。
「さて、少し外も冷えてきたな。そろそろ中に戻ろうか」
「そ、そうだな。身体が冷えるといけない。我々も戻るとするか」
言葉とは裏腹に、ほてった身体をさますように襟元をぱたぱたとあおぎながら、サラは屋内へと戻っていった。
さて、俺も帰ったら少しはサラの手伝いができるかな。戦があるわけではないし、あまり出る幕はなさそうだが。
翌日、俺たちはマクストンを出立すると、ジャネットやレーナが待つミルネへと帰っていくのだった。