18 カナとの出会い
ボスを捕らえ、用心棒を倒した俺は残りの盗賊どもを狩るべく次の部屋へ転移する。連中が女の順番待ちをしているという例の部屋だ。
ジャンプすると、そこは比較的広い部屋で、その端の方に男どもがたむろしている。その向こうからは肉を打ちつけ合う音が聞こえてくるので、きっとお楽しみの真っ最中なのだろう。
連中は行為に夢中で、俺がいることにも気づいていないようだ。まったく、女を犯すことしか頭にないのか。こんなクズどもは、一人として生かしておくべきではないな。
俺は後ろから男どもに近づくと、淡々とその首を斬り落としていく。さすがに連中も気づいたが、手元に武器があるわけでもないので遠慮なく殺す。
女の上で間抜けに腰をかくつかせていた男どもの尻に剣を突き刺し、何が起こったのかわからない様子の女二人を当て身で眠らせる。
異変に気づいたのか、外から見張りらしき男が二人入ってきたが、いたずらに己の寿命と身長を縮めただけだった。
ひい、ふう、みい……全部で十三人か。まだ何人か残っているな。後はぼちぼちと洞窟を歩いて狩っていくことにしよう。
女たちに布をかぶせて王都の俺の部屋へと転移し、俺は洞窟探索を続ける。
道中何人か斬った後、俺は奥の方の部屋に入る。人間の気配に、俺はまだ残っているのかとあきれながら剣の柄に手をかける。
その部屋はずいぶんと狭く薄暗かった。室内には汚物の異臭が立ちこめている。
そしてその奥には、何か小さなものが置いてある。
よく見れば、それはものではなく人だった。11、2歳くらい、いや、もっと下であろうか、まだ年端もいかぬ少女がその場に膝を抱えて座っている。
足首には足かせがはめられ、そこから伸びた鎖の先には赤子の頭くらいの大きさの鉄球がつながれていた。
俺はその子に近づいて尋ねた。
「お前もさらわれたのか?」
少女は俺を見上げると、ふるふると首を振った。
「私、奴隷。ずっと、ここ、いる」
大きな目で俺を見つめながら、少女は言った。抑揚に乏しい声、表情に乏しい顔。黒い髪に黒い瞳、部屋が暗いせいもあるだろうが肌も浅黒く見える。
粗末なその身なりからも、彼女が「商品」として扱われる類の娘でないことは明らかだった。
「奴隷?」
「前、ご主人様、死んだ。私、今、ご主人様、奴隷」
「今のご主人様というのは、こいつのことか」
俺は盗賊のボスをこの場へと転移させる。突然のボスの登場にも、少女は特に驚いた様子もなくうなずいた。
「そう。ご主人様」
どうもこの子の言うことは要領をえないな。かなり言葉に不自由しているようだ。
おそらくまともな教育も受けていないのはもちろん、ろくに言葉もおぼえてない頃から奴隷としてさんざん働かされてきたのだろう。
もっとも、奴隷が皆言葉に不自由しているというわけでもあるまい。ということは、この娘にはこの娘なりの特殊な事情があるということか。
そう考えると、目の前の少女がどうしようもなく哀れに思えてきた。
しかしこれでは埒があかない。ここはこいつに聞いた方が早いか。
お気楽に眠っているボスを叩き起こすと、俺はボスに噛ませていたくつわをはずし、剣の切っ先を突きつける。
「聞かれたことに端的に答えろ。言うことが聞けなければ、まずその耳を切り落とす」
「ひっ、ひぃ! 何でも言う! だからやめてくれ!」
「まず一つ目だ。お前が主人とは、どういうことだ?」
「カナは奴隷商人の一行を襲った時にいたんだ! 殺してもよかったんだが、身の回りの世話をさせるにはちょうどよかったんでそのまま使ってる!」
ふむ、この子はカナというのか。前の主人というのはその奴隷商人のことだな。
「カナの身寄りがいるのかはわからないのか?」
「し、知らねえ! 本当だ!」
「形見とか、身につけていたものは?」
「そんなもんなかった! ただの奴隷だからな、その服を着ただけで何も持ってなかった!」
「カナ、本当か?」
俺の問いかけに、カナはこくりとうなずく。ふむ、それならしかたないか。
聞きたいことは、あと一つだな。
「最後の質問だ。カナは性奴隷だったのか?」
俺の視線に、ボスの顔色が変わる。ここで回答を誤れば、耳どころではすまないと勘づいたのだろう。
ボスが媚びるような声で俺に答える。
「そ、それなら安心してくれ! こんな小便くせえガキ、誰も相手になんかしてねえ! もちろん初物だ! あんたが気に入ったってんなら、好きなだけ使ってやってくれ!」
そう言ってボスが下卑た笑みを見せる。何を勘違いしているんだ、こいつは。虫唾が走る。
媚びへつらうボスを、俺は思い切り冷酷な目で見下ろして言う。
「お前、もう黙れ」
一言つぶやいて、みぞおちに蹴りをくれてやる。ぐぅと呻いて、ボスは再び昏倒した。
邪魔なのでボスを俺の部屋へと転移すると、俺は転移魔法でカナの身体を少しだけ転移させる。足かせがゴトリと音をたて、カナが俺の足元に転移した。
カナが自由になった自分の足首をじっと見つめる。自分が転移したことよりも、足かせがはずれたことの方が不思議なようだ。
俺はカナに向かって話しかける。
「そいつはもうお前のご主人様じゃない。お前はもう自由だ」
その言葉に、カナが不思議そうに首をかしげる。
「なら、次、ご主人様?」
俺の方を指さしてカナが言う。別に俺は奴隷を飼うつもりはない。
「いや、お前はもう自由なんだ、カナ。どこに行こうとお前の自由だ」
そう言う俺に、カナが悲しそうに言った。
「カナ、行くところ、ない」
そして捨てられた子犬のような目で俺を見上げる。
「ご主人様、カナ、捨てる?」
その言葉、その顔に、俺は考えが足りなかったことを反省した。なるほど、奴隷として生きてきた者というのはこういう考え方をするものなのか。
俺は奴隷を持つ気などさらさらないが、このままカナを放っておけば、それはカナを見捨てたも同然なのだろう。
国に預ければいいのかもしれないが、カナを解放したのは俺なのだから、その責任も俺が負うべきな気がした。
何より、俺はカナを一人放ってはおけない。
覚悟を決めた俺は、カナに向かって言った。
「わかった。カナ、俺についてこい。ただし、俺のことは『ご主人様』ではなく『リョータ』と呼べ。俺たちは、友だちなのだからな」
「とも、だち?」
俺の言葉に、カナがわからないといった顔をする。
「ご主人様というのは、自分より偉い人間に対して使う言葉だ。俺はカナより偉いわけじゃない。俺たちは対等の関係なんだ。だから、友だちだ」
あいかわらずカナにはピンとこないようだ。俺は言い方を少し変える。
「そうだな、こういうのはどうだろう。俺はカナのことが好きだ。だから友だちだ。カナは俺のこと、好きか?」
少し考えて、カナは首を縦に振った。
「カナ、リョータ、好き」
「なら俺はカナの友だちだ。わかりやすいだろう?」
「カナ、リョータ、ともだち」
言葉をおぼえたての子供のように、カナが「ともだち」という言葉を繰り返す。彼女にはこうして少しずつ普通の人間の暮らしに慣れていってもらえばいいだろう。
頭をなでてやると、カナが少し嬉しそうな顔をしたような気がした。
「カナ、リョータ、ともだち、嬉しい」
「そうか。俺も嬉しい。これからよろしくな、カナ」
「よろしく、リョータ」
そう言って笑うと、カナも少し笑ったように見える。これからはカナのためにも、もっとがんばらないといけないな。
盗賊退治のクエストは、カナとの出会いで締めくくる形になった。全ての用を終えると、俺はカナと共に王都の俺の部屋へと転移した。