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179 御前試合


 会場に案内された俺は、扉をくぐって会場へと入る。


 そこは、四方を観客席に囲まれた空間だった。中央が試合スペースらしい。小さめのプロレス会場のようなつくりだ。その中央のスペースを囲むように、貴族や高官とおぼしき連中が座っている。


 ざっと100人から200人くらいが座れそうな観客席を見回し、俺は中央へと向かう。


 と、横から声をかけられた。


「これはクロノゲート男爵、今日はわざわざありがとう」


 声の主は例のリチャード王子だった。人のよさそうな笑みで話しかけてくる。


「サラの頼みだ。礼には及ばん」


「そうか、それはよかった。私もそうなんだが、実は父上たちもぜひ君の力を見たがっていてね。こちらも国一番の剣士を用意したから、存分に力をふるってほしい」


「まあ、やれるだけのことはさせてもらおう」


「ありがとう、それでは健闘を祈る」


 そう言い残して、リチャードは観客席へと戻っていった。サラや王族の目の前で負けさせて俺に恥をかかせたいのか、それとも単純に俺の力を見てみたいだけなのか。よくわからん男だ。


 まあ、前者はないな。なぜなら、俺が勝つからな。


 入り口の反対側を見れば、一際身なりのいい連中が上の方の席から試合場を見下している。あれが王族なのだろう。


 中央には審判らしき人物と一人の剣士が立っている。あれが対戦相手か。


 彼らのところまで行くと、剣士が声をかけてきた。


「はじめまして、クロノゲート男爵閣下。私はマクストン王国騎士団長ヘクターと申します。今日はよろしくお願いいたします」


「うむ。リョータ・フォン・クロノゲートだ。よろしく頼むぞ」


 軽くあいさつをかわした俺たちは、審判にいくつか剣を見せてもらう。


 その中から扱いやすそうなものを選ぶと、俺たちは会場のまんなかで向かい合った。


 観客席を見上げれば、ちょうど俺の視線の先、ヘクターの向こうがわにサラとカナの姿が見える。俺の顔を見ても手を振ってきたりしないところがカナらしい。


「それでは、これより試合を始めます」


 審判の声に、俺は剣を構える。


「始め!」


 開始の合図と同時に、俺は敵に向かって駆け出した。


 互いの剣が鈍い音をたててぶつかり合う。そこから、俺とヘクターは相手の技量をはかるように剣を斬り結んでいく。


 ふむ、テクニックに関してはほぼ同等だな。俺の方がわずかに上かもしれん。


 だが、剣の重さが段違いだ。少し斬り結んだだけで、早くも腕がしびれてくる。これは長くはもたんな。


 相手もそう思ったのだろう。剣撃が激烈さを増す。一気に決めようとしているのか。観客たちからも歓声が上がる。


 そろそろ俺の腕も限界だ。やはりあれを見せるしかないだろうな。


 俺の剣がわずかに鈍ったのに気づいたのか、ヘクターが両手で剣を握って大きく振りかぶり、とどめとばかりに俺へと向かってくる。


 俺も剣を構え、ヘクター目がけて踏みこんでいく。


 そして、あと少しという距離で、俺はわずかに半歩分だけ自分の身体を前方へと転移させた。目算が狂ったのだろう。ヘクターの剣が一瞬揺れる。


 その隙を見過ごす俺ではなかった。ふところへと潜りこむと、剣の切っ先をヘクターの胸元へと突きつける。


「――決まりだな」


 俺の言葉に、剣を振りかぶったままのヘクターが小さくうめきながらうなずく。


「しょ、勝者、クロノゲート男爵!」


 おおお、と観客がどよめいた。まさか自国最強の剣士が俺に敗れるとは思わなかったのだろう。驚愕が場内を包む。


「ミルネにはあれほどの剣士がいるというのか!」


「先の遠征の指揮もとった我が国の英雄が敗れるとは……」


「あのクロノゲート男爵、聞くところによればほんの半年たらずでSクラスにまで駆け上がった天才だそうだ」


「まことか、信じられん!」


「だが、今の試合を見ればそれも納得だ」


 観客席がざわめく中、俺はヘクターと握手をかわす。


「私の完敗です、閣下」


「いや、俺も危ないところだった。見事な剣だ」


「恐縮です。閣下の剣の冴え、感服いたしました」


 互いの健闘をたたえ合うと、ヘクターは一礼して下がっていく。


 観客席を見上げれば、満足げな表情のサラと無表情なカナの顔がある。これだけうわさになっているのだ、カナにも少しは俺のいいところを見せることができただろう。


 審判に剣を返すと、俺は案内にしたがって再び待機室へと戻った。






 部屋に戻ってしばらく待っていると、サラとカナも戻ってきた。


 サラが笑顔で俺を祝福する。


「おめでとう、リョータ。あいかわらず素晴らしい剣技だった」


「ありがとう。お前に言われるといろいろと恥ずかしいな」


「謙遜するな。マクストンの至宝とうたわれる男を破ったのだ、何も遠慮することはない」


 そう言うと、サラは俺に近づいてくる。


 そして、耳元で低くささやいた。


「ところで、最後のあれは何だ? あの踏みこみにはヘクター殿もずいぶんと動揺していたようだが」


 うっ、やはりこいつには気づかれていたか。


「そうだな、秘伝の踏みこみとでも言っておこうか」


「秘伝、か。私にはまるでお前の身体が半歩だけ前に移動したかのように見えたぞ」


 そ、そこまで見えてるのか!? こいつ、実はもう俺が転移魔法使ってることに気づいてるんじゃないのか? ま、まあ、サラにならいずれは明かしてやってもいいかもしれんがな。


 まあ、そんなもんだ、と返事すると、俺はもう一人の姫にも聞いてみる。


「どうだった、カナ。俺の戦いは」


「リョータ、がんばった。えらい」


「これはこれは、お褒めにあずかり光栄の至り」


 大げさにひざまずいてお礼を言う。よかったよかった、カナもお気に召してくれたようだ。がんばって戦ったかいがあったというものだ。



 その後、例のリチャード王子が俺にあいさつに来た。やれ神速の剣だの鬼神のごとき強さだのと俺を褒めちぎったあげく、君がいればサラも安心だとか言いながら去っていった。あいつもよくわからん男だ。




 そんなこんなで城での用事を終えた俺は、まだ打ち合わせがあるサラと別れてカナと二人宿舎へと戻った。




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