172 襲撃
3日目に入り、マクストン王国との国境も近づいてきた。
冗談の応酬でずいぶんと場の空気もなごんだ。今日もカナをひざの上に乗せたまま、俺はサラに聞く。
「マクストンというのは、どういう国なんだ?」
「そうだな、鉱山が多く、加工や装飾の技術にすぐれている国だ。武器も良質なものが多いし、衣服もなかなかに凝ったつくりをしている」
「ほう」
「ジャネットへのみやげを買うにはいい国だと思うぞ。最近はおしゃれにも興味があるというではないか。しっかりみつくろってやるがいい」
「そうだな。いいことを聞いた。ありがとう」
「いや、私は聞かれたことに答えたまでだ」
顔を赤くしてサラがぷいと目線をそらす。かわいい奴だ。
「カナにも何か新しい服でも買ってやろうか」
「カナ、くんせい食べたい」
「ああ、そうだったな。よしよし、今日の宿でさっそく食わせてやるからな」
指切りげんまんで約束すると、俺たちは再びマクストンの話を始めた。
昼を過ぎ、前方西の方角には緑の薄い山々が見えてくる。
サラの話ではあの山々が山脈を成しており、両国の国境になっているらしい。山と山が途切れた部分に関所があり、両国の役人と兵士が共同で建物に入って出入国を管理しているそうだ。
「共同で管理とは、ずいぶんと平和な話だな」
「実際平和だからな。我が国とマクストンはもう100年以上軍事的な衝突がない。マクストンの輸出品は我が国を通ってライゼンに届くしな。お互いの利益のためにも、争ってなどいられないのさ」
「なるほど、マクストンはミルネやライゼンといった大消費地に自国製品を輸出し、ミルネは通行税なり中間マージンなりをとって利益を上げるわけか」
「そういうことだ」
いわゆるウィンウィンというやつか。まあ、それでなくとも魔族がいるのだし、争っている余裕もないのだろうが。
そんなことを話しながら俺たちは窓の外の風景をながめていたが、ふと嫌な気配を感じた。
「サラ」
「ああ」
どうやらサラも感じていたらしい。無言で剣に手をかける。
直後、外が騒がしくなった。
「ま、魔族だ!」
「慌てるな、馬車をお守りしろ!」
叫び声や指示が飛び交う中、俺とサラは顔を見合わせて苦笑した。
「やはり俺たちの旅はこうなるか」
「連中、なかなかいい読みをしているぞ。何せ今ここにはミルネの姫騎士と出世頭の男爵閣下がいるのだからな」
「ふっ、違いない」
にやりと笑うと、俺はひざの上のカナを降ろし、その場にちょこんと座らせる。
「では行ってくるぞ。リセ、カナを頼む」
「はい」
一礼するリセにうなずくと、俺はカナに言った。
「すぐに片づけてくるからな、そこで静かに待っていろ」
「リョータ、サラ、ケガしたら治す」
「それは頼もしいな。私も安心して出ていけるというものだ」
「違いない」
うなずいて二人笑う。
さて、連中も待っていることだろうし、さっさと片づけにいくか。
まずサラが、そして俺が馬車から飛び出す。
あたりを見回すと、ちょうど南側の方から魔族が飛んでくるのが見えた。その数10匹ほど。翼ではばたくのではなく、グライダーのように滑空しながらこちらへと迫ってくる。
こちら側も弓で応戦しているが、敵もそれなりの強さなのか矢をすべて弾き返していく。
「サラ、どうやら空を飛ぶ敵のようだぞ。お前には少し分が悪い相手なんじゃないか?」
「ふっ、そんなことはないさ。私もいつまでも進歩のない子供ではない」
いやいや、お前は進歩しすぎだから。というか、また強くなったのかよ。いいかげんそのくらいにしてくれ、俺の肝が冷えるから。
サラが部下たちに告げる。
「お前たち、下がって馬車の守りに専念していろ。奴らは私とリョータで片づける」
「で、ですが殿下!」
「いいから下がっていろ」
「は、はっ」
手を出して制した俺の言葉に、サラを引き留めようとした兵士が引き下がる。俺の発言力も意外と増しているんだな。
「さて、それでは一仕事するとしようか」
「そうだな。私もずっと馬車に乗りっぱなしでは、身体がなまってしょうがない」
二人そんなことをしゃべっていると、魔族どもが上空でくるくると旋回し始めた。
そこから一匹の魔族がコウモリのような羽をはばたかせながら前に出る。
「人間どもの偵察に来てみたが、これはどうやら当たりだったようだな。お前たち、多少は身分の高い人間なのだろう? 連れ帰ってそちらの内情をたっぷり吐かせてやる。他の連中はエサにしてやるから安心しろ」
俺とサラは顔を見合わせた。
「偵察だと? 今まではそんなことを魔族がしたりなどしなかったはずだが」
「連中も尻に火がついているのだろう。この前俺とお前で領土をごっそりと奪い取ってやったばかりだからな」
「なるほどな。案外魔族どものお偉方どもも、今ごろ慌てふためいているのかもしれん」
「おい、お前たち! そこで何を話している!」
隊長らしき魔族がどなる。そう急かすな、すぐに地獄に叩き落としてやる。
俺とサラはゆっくりと剣を引き抜くと、魔族に向かい構えた。
馬車の窓からはカナもこちらを見ている。ここはひとつ、カナにもいいところを見せておかないとな。