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171 意外な落とし穴



 馬車の旅も3日目になった。


 宿をとった町を出て、しばらく進むと人の気配のない平原地帯に入る。そのまま馬車に揺られていたが、俺たちの馬車はさっきから沈黙に包まれていた。


 昨日の夕方あたりからその予兆はあった。どうにも話のネタが見つからなくなってきたのだ。思い出話でもすればよかったのかもしれないが、旅らしい話をしようと意識してしまったのがまずかったのかもしれない。


 その状況が今日になっても続いている。これは何とも気まずい。そろそろ現状を打破しなくては。


 意を決して、俺はサラに話しかけた。


「サラ、そろそろ国境も近いのか」


「ああ。昼にはマクストン領内へ入るはずだ」


「そうか、では昼食はマクストンの料理が食えるんだな」


「そうだな」


「マクストンの料理には、何か特徴とかあるのか?」


「いや、くわしくは知らないな」


 そう答えたまま、サラが口を閉じる。ああ、せっかくの会話が終わってしまった。くそっ、俺の方から燻製の話題を振ればよかったか。見れば、サラもしまったといった顔で口を開けたまま、うまく言葉が出せずに固まっている。


「あちらでは燻製の技術が発達していると聞いたぞ。サラは食べたことがあるか?」


「あ、ああ、燻製ならいただいたことがある。魚や鹿肉の燻製は美味だったぞ」


 お互い必死に言葉をひねり出して会話をつなごうとする。くそっ、今まで気づかなかったが、考えてみれば俺もサラもぺらぺらとしゃべるようなタイプじゃないからな。ずっと密室にいるとどうしても言葉につまってしまう。


 カナはもちろんそんなにしゃべる子じゃないし、リセにいたっては必要事項以外口を開こうともしないからな。お互い普段会話に苦労したことがなかったから、まさかこういう状況で言葉が出なくなるとは思わなかった。


 再び会話が途切れ、俺たちは黙って窓の外の風景に目をやる。




 しばらくして、サラがぽつんとつぶやいた。


「ジャネットは、あれで大事な役割をはたしていたのかもしれんな」


「言われてみれば、確かにそうかもしれん。あいつはとにかくいつでも口を開いているからな」


「私たちは、いろいろ余計なことを考えすぎなのかもしれんな。だから、つい言葉を選ぼうとして、結果何も話せなくなってしまう」


「そうだな。俺はついお前に笑われまいと言葉を選んでしまう」


「ば、馬鹿な、私がお前を笑いものになどするものか! 私の方こそ……」


「私の方こそ? サラも俺に馬鹿にされるのかと思っているのか?」


「ち、違う! そういうわけではない! 私は、その……」


 そう言って、なぜかサラは顔を赤らめてうつむいてしまう。


 俺は馬車の天井を見つめながらつぶやいた。


「俺たちもジャネットを見習って、馬鹿なことの一つ二つ言ってみるべきなのかもしれんな」


「そうかもしれないな。私もまだまだ気負いすぎているということか」


 お互い顔を見合わせて笑う。そうか、あいつも俺の足りないところを補ってくれていたのだな。いなくなって初めてその人間の大切さがわかるとは、本当によく言ったものだ。


 どれ、それでは俺も一つジャネットを見習ってみるか。


「実はサラ、俺は新たな技を身につけたんだがな」


「新たな技?」


 俺の言葉に、サラが瞳をキラキラさせながら食いつく。やはりサラはこの手の話に目がないな。


「そうだ。今度の技は前の隕石よりも凄いぞ。何と、実はだな……」


「実は……?」


 サラが固唾を飲みながら、真剣なまなざしで俺を見つめてくる。こういう時のサラは本当にかわいいな。


「実はだな……ついに俺は、時を止めることができるようになったのだ! どうだ、凄いだろう」


 俺は渾身のジョークを炸裂させた。さすがにそんなこと、できるはずがない。そんなわけあるか、とサラも大いにつっこんでくれるはずだ。


 そのサラは……何かメチャクチャ目をキラキラさせてるぞ……?


 俺を見つめ続けていたサラが、やがて声をしぼり出す。


「す、凄い……」


「……はい?」


「まさかとは思っていたが、リョータ、お前はついに時まで止めてしまったか……」


「あ、あの……サラさん?」


「お前が名字を決めた時、その名の由来を聞かせてもらったが、ついに奥義に到達したのだな。おめでとうリョータ、私は心からお前を尊敬する」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 おいおい、何を真に受けてるんだこいつは。んなもんできるわけないだろう。


 俺は慌てて誤解を解こうとした。


「すまんサラ、今のは冗談だ。いくら俺でも、そんなことはできん」


「冗談……?」


 ぽかんとした顔をしたサラをかわいいと思いつつ、俺は言葉を続けた。


「そうだ、まさか信じるとは思わなかったんだ。すまない」


 しばらく呆然としていたサラは、次第に顔を赤くしていく。やがて耳まで真っ赤に染めると、サラは声を上ずらせながら謝ってきた。


「す、すまん! お前がそんな冗談を言うとは思わなかったから、つい信じてしまったのだ! そうだな、冗談だと気づくべきだったな! 勘違いをしてしまってすまない!」


「いや、俺の方こそ、お前に恥ずかしい思いをさせてしまった。本当にすまん」


 そんな調子で、お互いに頭を下げあい続ける。


 やがて、どちらからともなく笑い声が漏れ始めた。


「ふっ、ふふふ……。何だかおかしいな」


「そうだな、俺たちはまず冗談の練習から始めるべきなのかもな」


「だが、場はなごんだのではないか? ものはためしにやってみるものだな」


 言われてみればそうかもしれない。先ほどまでの気まずい雰囲気はどこかにいってしまったようだ。まあ、今はまた別種の気まずさというか気恥ずかしさがあるが。


 サラが笑う。


「それでは、今日はお互い冗談の練習といこうではないか。次は私の番だな。いいか、冗談だからな? ちゃんとつっこむのだぞ」


「ああ、まかせておけ。俺はサラのようなヘマはしないさ」


「言ったな? ではいくぞ。実はこの前イアタークにいた時のことなのだがな……」


 そんな調子で、馬車の中に会話が戻ってくる。



 どうやら、もう気まずい空気は流れずにすむようだ。




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