170 馬車での旅
俺たちを乗せた馬車は、王都の大通りを通り抜けると市壁の外へと出て街道を進んでいく。
「結局、ジャネットは来なかったのだな」
「お前が気にする必要はないぞ。それに、俺はみやげをたんまりとねだられたしな。お前のみやげも楽しみにしていると言っていたが、放っておいてかまわんからな」
「そうだったのか」
くすりと笑うと、あいつが驚くようなみやげを用意してやらねばな、と言いながら窓の外をみつめる。
「ずいぶんとのんびりした旅になりそうだな。マクストンまではどのくらいかかるんだ?」
「ああ、予定では4日かけてマクストンへ向かうことになっている。それもあって、馬車も多少速度が出るものを選んでいる」
「そうなのか? この馬車も結構ゆっくり進んでいるように思うが」
「そんなことはない。かなり頑丈な馬を使っているからな。一日あたり通常の五割増し程度は進める」
「それはすごいな」
ひとしきり感心すると、俺はまた聞いた。
「今回はどのくらいの人間が参加しているんだ?」
「そうだな、協議に参加するのは10名程度といったところか。それに御者や世話人、警護の者がつくからな。総勢40人くらいだろう」
「意外と大がかりなんだな」
「参加者だけの移動ではないからな。ちなみに警護は我が遊撃隊から選抜している」
「なら安心だ」
確かに、馬車の横に並ぶ騎士の鎧には遊撃隊の紋章が刻まれている。まあ、この馬車に限って言えば警護など必要ないだろうがな。
「あちらでは何をするんだ?」
「主に獣人の扱いについてだな。案の定あちらは獣人をもて余しているらしくてな、保護を訴えた我々が責任を取ってくれと言うことらしい」
「責任と言われても、大変じゃないのか?」
「まあ、それが元々あちらで獣人を保護してもらうための条件ではあったからな。それに、この流れ自体は想定済みだ。我々は獣人を引き渡してもらう方向で検討している」
「引き渡し?」
俺はやや驚いてサラの顔を見た。
「引き渡しって、獣人の数も馬鹿にならないんじゃないのか? 大丈夫なのか?」
俺の問いに、サラが薄く笑う。
「まったく問題ない。なぜなら、今我が国は人手不足で猫の手も借りたいくらいなのだからな」
「人手不足?」
「お前も知っているだろう。我が国には今、人手が足りなくて放置されている畑があることを」
そこまで言われて、俺はサラが言わんとすることを理解した。
「お前、まさかイアタークに獣人たちを連れていく気か?」
「そういうことだ。むしろマクストンの獣人だけでは足りないかもしれん。だから、王都をはじめとする各都市でも移住希望者を募るつもりだがな」
サラの言葉に、俺はふう、と一つため息をつく。大した女だ、そんなことを考えていたのか。
だが、獣人たちにとってはそれがいいのかもしれない。今から人間の町に入っていくより、これから復興が始まる新しい町を共に創っていく方が人間たちともなじみやすいだろうしな。
「サラ、もしかしてお前、初めからここまで計算して遠征計画を立てたりマクストンに保護を求めたりしていたのか?」
「そういうことだ。いくつか不確定要素もあったが、それも全て解消された。お前たちのおかげだ、礼を言うぞ」
そう言って、サラが頭を下げる。
まったく、とんでもない女だ。初めからイアタークの労働力不足を見越してマクストンに獣人たちの保護を求めていたとは。
いや、違うな。それよりさらに前、マクストンが軍事行動を起こすと聞いた時点で、サラは彼らが獣人を持て余すと踏んで獣人の調査と遠征を計画したのか。恐るべき構想力と実行力だ。俺ならリスクが怖くて、たとえ思いついたとしても実行になどとても移せん。
あらためて目の前の姫騎士に感心すると、俺はひざの上のカナに話しかけた。
「どうだカナ、王都の外に出た気分は。広いだろう?」
「畑がいっぱい」
「そうだな」
というか、あらためて見ると本当にどこまでも畑が広がっているな。王都の人口を支えなければならないのだ、それも当然か。
ここまで大きくはないものの、イアタークを拠点都市として再生させるつもりなら、可能な限り人を集めて食料を生産しなければ人口を支えられない。あれだけの規模の町を支えるために、いったいどれほどの人手と農業生産が要求されるのか。俺には正直見当もつかない。
のどかな田園地帯をながめながら、俺たちは馬車に揺られて街道を進んでいった。
旅行編では、久しぶりに主人公には身体を動かしてもらう予定です。