167 ジャネットとのデート
今日はジャネットとの約束の日だ。
支度を終えた俺は玄関で待つ。
「ジャネット、まだ準備できないのか?」
「ちょっと待っててよ! 今行くから!」
二階からはそんな声が聞こえてくる。勝負服でも選んでいるのだろうか。
やがて二階からジャネットがどたどたと下りてきた。結局いつもと同じような格好だ。
「待たせたね。それじゃ行こうか」
「それはいいんだが、それも持っていくのか?」
俺はジャネットが手にする大剣を指さしながら言った。
「当然だろ? こいつは肌身離さず持ち歩くことにしてるんだから」
「そうか……まあいい」
本当にデートする気あるのか、こいつは? まあ、ジャネットらしいと言えばそうなのだが。
俺は玄関に来ていたカナに声をかける。
「それではカナ、留守番を頼むぞ」
「うん」
「ごめんよカナ、帰ったらおいしいもん作ってやるからさ」
「よろしく」
さすがカナ、さも当然と言わんばかりの返答だ。ジャネットも「うちの姫様は味にうるさいからねえ」と笑う。
「ではカナ、行ってくるぞ」
「いってらっしゃい」
無表情なカナに手を振ると、俺たちは家を後にした。
家を出て、俺たちはとりあえず町の中心の方へと歩き出す。
「さて、どこか行きたいところはあるか?」
俺が聞くと、ジャネットが俺に腕をからみつかせてきた。
「そうさね、リョータが連れてってくれるならどこでもいいよ」
それは暗に俺にエスコートしろと言っているようにも聞こえるのだが。若干プレッシャーだな。
「ではとりあえず、王都をぶらりとまわってみるか」
「ああ、まかせるよ」
そう言いながら、ジャネットが甘えるように俺にすがってくる。うむ、こういうのも悪くないかもしれんな。
街中をぶらぶらと歩きまわりながら、俺たちは他愛もない話をする。
「リョータ、今度活躍したらまたえらくなるのかい?」
「さあな。今でも男爵閣下などと呼ばれているし、もう十分ではあるがな」
「男爵様の上は何があるんだい?」
「そうだな、普通は順に子爵、伯爵、侯爵、公爵と上がっていく。まあ、この国の貴族は何かとうるさいらしいから、これ以上位が進むことはないだろうがな」
「ええ、そんなこと言わないでさ、伯爵様にでもなって女をいっぱいはべらせればいいじゃないのさ」
「お前、俺がそんなに女好きだと思ってるのか」
「違う違う、男にはそれくらいの甲斐性があった方がいいってことさ。ほら、よく言うだろ、英雄色を好むってさ」
こいつ、頭からっぽのくせに何でそんな言葉は知ってるんだ? まあ、女を軽くあしらうくらいのことはできた方がいいが。
でも、最近のこいつらを見てると、あんまりでかいことを言わない方がいい気がしてきたんだよなあ。以前は世界の女は俺のものだとかわりと当然のことのように思っていたんだが、あれは撤回させてくれ。マジで恥ずかしい。
「でも、あんたはもういいと思ってても、例えばサラなんかはそうは思ってないんじゃないかい?」
「サラが?」
「そうさ。あの姫様、あんたをいつも憧れのまなざしでみつめてるからねえ。きっと男爵様じゃまだもの足りないはずさ」
まあ、それはあるかもしれんな。
「それに、姫様ってのは相手もえらい方が結婚しやすいんだろ? だったらあんたにはもっとえらくなってもらわないとって思うのが女ってもんさ。あたしだってダンナの稼ぎは多い方がいいしね」
まるでサラが俺と結婚したがっているかのような言い草だな。その通りだとは思うが。
そのままぶらぶらと歩いていると、ギルドの建物が目に入ってきた。そう言えばこの頃はなかなかここにも顔を出せていないな。
と、ジャネットが俺の腕を引っぱった。
「そうだ、レーナのところに顔出してあげなよ! あんたまた旅に行くんだし、あの子もさびしがるだろうからさ」
「ああ、そうだな。遠征中もカナの面倒をみてくれていたしな」
うなずくと、俺たちはギルドへと入っていった。
受付の方に行くと、俺たちに気づいたレーナが声を上げた。
「あ……本当に来たんですね」
「そりゃそうだよ、約束したろ?」
いつの間にか俺から離れたジャネットが、レーナに向かってウィンクする。ははあ、こいつ、また何か入れ知恵したな。
ジャネットが俺の肩を押す。
「レーナがあんたに話があるんだってさ。ほら、聞いてあげなよ」
ぐいっと前に押し出された俺は、とりあえずレーナに話しかけた。
「レーナ、この前はカナが世話になったな。あらためて礼を言わせてもらうぞ」
「いえ、そんな。こちらこそいつもお世話になってます」
幾分顔を赤らめながらレーナが言う。いつものことながら、実に奥ゆかしい女だ。
「ほらレーナ、何か言うことがあるんじゃないのかい?」
後ろからジャネットがせかすように言う。こいつ、いったい何を吹きこんだんだ。
しばらく黙りこんでいたレーナだったが、やがて意を決したかのように口を開いた。
「あ、あの、リョータさん!」
「ああ、何だ?」
「今度旅行に行かれるそうですね!」
「ああ、サラにカナを連れてマクストンへ行かないかと誘われてな」
「で、でしたら、帰ってきたら、わ、わ、私と一緒にお買いものにでも行きませんか?」
なかば叫ぶかのような調子で言う。後ろではジャネットがよく言った、と言わんばかりの表情でうなずいている。
ははあ、こいつ、レーナにもデートするように言ったんだな。さっきのサラの話といい、今日は自分のデートだというのにどんだけ世話焼き女なんだ。
それはさておき、俺はレーナにうなずいた。
「そうだな。俺もお前には日頃の恩を返したいと思っていたところだ。それでは買いものと言わず、一日お相手させてもらおう。帰国してからでいいな?」
驚いたレーナが目を丸くする。
「え!? ええ、でも、カナちゃんはいいんですか?」
「問題ない。留守は頼めるな、ジャネット?」
「まかせときな」
ジャネットがビシッと親指を立ててニカリと笑う。そのジェスチャーは異世界でも共通なんだな。
「そういうわけだ。問題ないか?」
「え、ええ、もちろんです。それでは、どうぞよろしくお願いします……」
「ああ、くわしいことはまたあらためて決めることにしよう。それでは邪魔したな」
「い、いえ! とんでもない! こちらこそありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるレーナに手を振って、俺はギルドを後にする。
外に出ると、ジャネットがまた腕を組んできた。
「さすがだねリョータ。レーナも喜んでたよ」
「それはよかったが、お前は自分のデートの途中だろう」
「いいのいいの、あたしはこれからうーんとつき合ってもらうんだから」
そう言うと、ジャネットはニヤリと笑う。
俺は若干嫌な予感を抱きつつ、再び街中を巡り始めるのだった。