164 カナの卒業式
俺が最も恐れていた日が、ついに来てしまった。
「おーい、リョータ。まだ準備終わらないのかい?」
玄関から、ジャネットの能天気な声が聞こえてくる。ちっ、せかすんじゃない。
渋々部屋から出ると、ジャネットはいつも城に行く時に着ている少しだけフォーマルな服に身を包んでいた。
「ほらほら、早く行かないと始まっちまうよ、卒業式」
「わ、わかっている」
「卒業してほしくないのはわかるけどさ、いいのかい? カナの卒業式を見逃しちまっても」
「うるさい。行くぞ」
そう吐き捨てて、俺はカナの学校へと向かった。
学校に着くと、俺たちは保護者として中へと通される。
と、俺たちに揉み手しながら寄ってくる男の姿が目に入った。
「これはこれは男爵閣下。わざわざお越しいただきありがとうございます。よろしければ、こちらの貴賓室へどうぞ」
「そうか。案内を頼む」
どうぞぜひぜひと、俺とジャネットは貴賓室へ連れられる。
「この部屋は前に来た時に入った部屋だったな」
「そうだね。あの時はサラもいたねえ」
ソファに座りながらそんなことを話していると、部屋のドアが開いた。他にも貴族の客がいたのか。
などと思っていた俺だったが、入ってきた人物を見て思わず驚きの声を上げた。
「サラ!?」
「リョ、リョータ!?」
あちらもびっくりしたようで、びくりと身をすくませると、慌てて姿勢を正した。
「そうか、お前はカナを見に来たのか」
「そういうお前はなぜここに?」
「挨拶を頼まれてな。こう見えても私は忙しいのだ」
「いや、それは知っている」
「ふふっ、そうか」
そう笑うと、サラは俺たちの向かいの席に座った。
長い脚を組むと、俺に向かってニヤリと笑う。
「いよいよだな、リョータ。ついにカナも卒業だ」
「そ、それがどうした」
「別にどうもしないがな。カナが冒険者として戦場に立ってくれるならこれほど心強いことはない。ああ、そう言えばそれをこころよく思わない男がいたような気がするな」
「そうだな、俺もその男に同感だ」
楽しそうに笑うと、サラは俺にその整った顔を近寄せてきた。
「実際、どうするつもりだ? ついてこないよう家に縛りつけておくつもりか?」
「そんなわけないだろう。卒業したら連れていってやると約束したのだ。教育のためにも、約束を違えるわけにはいかないだろう」
「安心しなって、リョータ。カナはあたしがちゃんと見ててあげるからさ」
ジャネットがそんなことを言う。いや、お前、絶対おもしろがってるだろ。
「だが大したものだな、カナは。今回の次席だそうじゃないか。卒業生代表の一人としてあいさつをすると聞いたぞ」
「次席?」
俺はサラに聞き返した。
「あいつ、そんなに成績がよかったのか」
「それはそうだろう。卒業後はBクラスからスタートするのだろう? 聞くところによれば、この国ではラファーネ殿以来の快挙なのだそうだぞ」
「そうなのか」
それは凄いな。
「だが、そうなると逆になぜ次席なんだ? 首席の奴はそんなに凄いのか?」
「いや、カナは筆記の成績がやや振るわなかったそうだ。とは言っても、まったく字も読めなかった状態から今の位置まで成績を伸ばしたのだから、その成長速度には目をみはるものがあるがな」
「そうか。うんうん、そうだろう。カナはやればできるし、実際ちゃんとやる子だからな」
「……とにかく、カナは大した子だ」
ややあきれた顔で言うと、サラは注がれた茶を口にした。
それからしばらくして、学校の職員がサラを呼びに来た。
「では、私はそろそろ行くぞ」
「ああ、ではまたな」
サラを見送ると、俺たちも立ち上がる。
「俺たちもそろそろ行くか」
「そうだね」
職員の案内にしたがい、俺たちも会場へと向かうことにした。立派になったカナを見逃すわけにはいかないからな。
それにしても、ついに卒業か。それもBクラスとなれば、やはりついてくるよなあ、俺の仕事に。
これは仕事を少ししぼることも考えないといけないか。そんなことを思いながら俺は会場へと向かった。
先日オーバーラップWEB新人賞の結果発表がありましたが、『転移魔法』は落選でした。応援してくれた皆さん、ありがとうございました。
というわけで、今後はしばらく新章スタートに向けてがんばりたいと思います。