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163 アメとムチ



 王都の高級サロンの一角。俺はサラの後押しをするため、彼女の政敵であるシュタイン侯爵のどら息子に策を授けていた。


「いいか、お前たち貴族派は自分たちの中から新総督を出そうとしているが、それは貴族派にとっては一文の得にもならない」


「はあ」


 間抜け面でどら息子がうなずく。もしかして、「一文」が通じないのか? いや、そこはこいつらにも通じるような言葉に変換されているだろう。


「まず第一に、あそこは単純に危険だ。すぐ目の前は魔界なのだぞ。いつも安全なところでぬくぬく暮らしているような奴らがやっていける場所ではない」


「そうなのですか?」


「想像してみるのだな。お前の家の外が俺の分身で囲まれていて、常にお前を殺そうとしているような状況を。簡単に言えば、そんな状態だ」


 俺のたとえに、どら息子はぶるっとふるえたかと思うとガタガタと身体を揺すりだす。こいつ、いくら何でもビビりすぎだろう。まあいい。


「次に、あの町には娯楽が何もない。食い物もろくにないし、何せ王都から遠く離れた辺境だ。はくがつくどころか、そんなところに飛ばされれば貴族としてもうそれ以上の栄達は望めないだろう」


「ははあ、確かに。私なら、そのような者をそばに近づけようなどとは思いませんな」


 どら息子が大げさにうなずく。何だかムカつくな。いっそこいつを総督として送りこんでやろうか?


 内心のいらだちを抑え、俺は続けた。


「そして何より、あの地は魔族の再侵攻を受ける可能性が極めて高い。はっきり言うが、軍人でもない貴族が防衛できる可能性は皆無と言っていい。その時にもし貴族派の人間などを送りこんでいようものならば、貴族派の影響力が大いに低下するであろうことはさすがのお前にもわかるだろう?」


 かの地を再び奪われた、などということになれば、その責任を追及されるのは必至だからな。領土のみならず、兵も民も富も失うのだ。とんでもないババを引かされたとしかいいようがないだろう。


 まあ、話はだいぶ盛っているのだがな。


 俺の言葉に、どら息子が感心したように口を開く。


「なるほど! つまり、連中にハズレを引かせるのですな! 総督は奴らから出させ、その領地が奪われた時には我々が一斉に責任を追及することで連中を窮地に追いやることができると! あえて譲ることで我々はより大きな果実を得られるというわけですな! さすがはリョータ様、それであれば父上を説得することも十分に可能です!」


「まあ、そんなところだ」


「ははは、王党派の連中め、間抜け面で総督を立てるがいい! 総督がしくじったその時には、奴らめ、一網打尽にしてやる!」


 こいつ、こういうことは得意というか、言うことがえげつないな。相手の足を引っ張るようなことなら次から次と知恵が回るようだ。


 まあ、策も与えたことだし、これで説得の方は何とかなるだろう。俺の方でも他にもしかけはしてあるしな。


 こいつもやる気を出してきたのでもういいかとも思うのだが、ここでもう一押ししておこう。


「やる気が出てきたようだな。やる気ついでに、一ついいことを伝えておこう」


「はい、何でしょうか」


「この任務、もしも成功させることができたならば、お前に『クロノゲート親衛隊』の末席に名を連ねることを許そう」


「ク、『クロノゲート親衛隊』……!?」


 俺の言葉に、どら息子の目の色が変わった。興奮に呼吸が荒くなる。


『クロノゲート親衛隊』とは、俺が今密かに集めている私兵集団だ。と言っても、まだ二人しかいないがな。


 俺は時々その二人を食事などに招待しているのだが、その会場は全てこのどら息子とその取り巻きに用意させている。


 その会場では、こいつら貴族どもは俺や親衛隊のメンバーに下僕として仕えることになっている。当然、親衛隊メンバーのことは様づけで呼ばせるし、メンバーにはこいつらを呼び捨てさせている。クロノゲート親衛隊とどら息子たち下僕どもの間には、厳然とした壁があるのだ。


 そのクロノゲート親衛隊に、末席ながら加えてやるというのだ。それは、少なくとも形式的には俺の下僕から、直属の部下へと昇格することを意味する。そしてそれは、メンツやら何やらを重んじるこいつら貴族にとっては重大なことなのだろう。何せ、親衛隊メンバーとなれば取り巻きどもとははっきり扱いに差ができるのだからな。


 案の定、どら息子は俺の話に飛びついてきた。


「そ、そのお言葉、本当なのですか……?」


「ああ。任務が成功したあかつきには、お前を親衛隊の一員として遇することを約束しよう」


 まあ、何か気に食わんことをしでかせば即下僕に逆戻りさせるがな。


 そんなことはつゆ知らず、どら息子はやる気を出したようだ。


「承知いたしました! このジギスムント・シュタイン、命にかえてもリョータ様の命をまっとういたします!」


 こいつ、そんなごつい名前だったのか。というか、ドイツ風の名前の貴族だけどフォンはつかないんだな。


 とりあえず、こいつが親父を説得できるくらいには使える奴であると期待したいところだな。まあ、さっきの流れでいってくれれば、むしろ王党派にババを引かせて足を引っ張る方向で親子そろって知恵をひねってくれることだろう。


 そうなってくれれば、サラも総督を推薦しやすいだろう。あいつが推す人物なのだ、こいつらの思惑通りに足をすくわれることもなかろう。



 これで少しでもサラの助けになったかと、俺は大いに満足しながらどら息子に酒をつがせるのであった。




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