162 小悪党の使い道
王都の一等地に存在する、会員制の高級サロン。
上級貴族とその連れしか利用することができないそのサロンの一室で、俺は一人の男と向かい合っていた。
「リョータ様、この部屋はいかがでしょうか」
「うむ、悪くないな」
俺の前で卑屈に揉み手しているのは、この国でも屈指の大貴族、シュタイン侯爵のどら息子だった。昔は王都でやりたい放題していたこいつも、今ではすっかり従順な俺の犬となっている。
いつもはこいつの取り巻きの貴族どももセットにして俺に仕えることをゆるしてやっている。身分の高い者に使用人の気持ちをわからせる、俺なりの教育方法だ。
だが、今日はこいつ一人で来るように言いつけた。大事な話があるからな。
「リョータ様、本日はラビーリャよりとっておきの逸品を取り寄せてまいりました。どうか一つ……」
「ほう、いい心がけだ」
うなずくと、俺は手のものを受け取った。その場で包みを開ける。
「ペンダントか。悪くない」
「ありがとうございます。リョータ様はサラ王女殿下ともご懇意な間柄、高貴な女性への贈り物などいかがかと思いまして」
こいつも貴族社会で生きてきただけあって、こういうことは実にうまい。相手が上と見れば、これでもかというくらいに媚びへつらう。もう身体にしみついているのだろうな。
まあ、この手のプレゼントはサラには目新しくも何ともないだろうがな。ボツだ。ジャネットも興味ないだろうし、そうだ、レーナなら喜んでくれるだろう。
「こちらの品は、私の使用人の中でも特に目がきく者がはるばるラビーリャまで向かって選んだものでして、その者が言うにはかの地でもそうそうお目にかかれないと……」
「そんな話はどうでもいい。話すのは俺だ」
「こ、これは失礼をいたしました」
一睨みすると、恐縮しきった体でどら息子が口を閉じる。
どら息子が黙ったところで、俺はおもむろに問いかけた。
「お前、今自分の父親が最も関心を寄せているのは何かわかるか?」
「父上ですか?」
少し考えてから、どら息子はああと一つうなずいた。
「父上なら、今は妾のジェーンにのめりこんでおります。リョータ様もあのような女がお好きですか? ご所望でしたらすぐにでもあれに近い女を手配できますよ」
下卑た顔でどら息子が笑う。ちっ、くだらんことをほざきやがって。
「そのよく動く舌をさっさと止めろ。何ならこの剣で長さを調節してやろうか」
「ひっ、ひいっ!」
すかさず平伏するどら息子には構わず、俺は続けた。
「今一番の関心ごとと言えば、新総督のことに決まっているだろう。跡継ぎのくせに、そんなこともわからんのか」
「も、申し訳ありません! そ、その話でしたら私も耳にしております。確かに、父は誰を新総督に推そうかと考えこんでいるようでした」
「そうだ、その新総督についてだ」
そこまで聞いて、またどら息子が口を開く。
「もしかしてリョータ様は新総督にご関心がおありなのですか? でしたらぜひ我が父とお会いください! 父の後ろ盾があれば、リョータ様ならすぐにでも選ばれますとも!」
「あいにくだが、俺は別に総督になるつもりはない。お前の親父とつるむ気もないしな」
どら息子のおべっかを軽く流すと、俺は本題に入った。
「そうではなくて、お前には父親が貴族派から総督を出さないように説得してもらう。これは命令だ」
「はあ……?」
よくわからないと言った顔をしていたどら息子が、一拍おいて驚きの声を上げる。
「お、お待ちください! そんなこと、私には無理です! 父は名誉や権力には人一倍執着するお方、その父のメンツをつぶすような提案などしようものなら、いったいどんな目にあうか……」
「そんなことは知ったことではない。言っただろう、これは命令だ」
酷薄な態度で冷淡に言うが、それでもどら息子の反応は鈍い。まだまだしつけが足りないようだな。
「そうか、俺の言うことが聞けんか。では少し聞く気にさせてやらないとな」
「な、リョータ様!?」
立ち上がってゆっくりと剣を引き抜く俺に、どら息子の顔からみるみる血の気が引いていく。
「そう言えば初めてお前と会った時、お前には傷一つつけなかったのだったな。少し遅れたが、お前も友だちと同じ痛みを味わっておくか?」
「お、おたわむれを……」
ひびわれた声でどら息子がうめく。俺の言うことがはったりでないことはよくわかっているからか、どら息子はすぐに観念した。
「も、申し訳ございません! ご命令にしたがいます、ですから、どうかお許しを……」
「わかればいい」
剣をおさめると、俺は再びいすに座って酒を一杯あおる。
「安心しろ、何も手ぶらで説得しろと言っているわけではない。策ならある」
「策、ですか……?」
安心させるようにそう言うと、どら息子も少しだけ安堵の表情を浮かべる。
いいか、よく聞け。お前にとっては、俺のおぼえをめでたくする千載一遇のチャンスなのだからな。やっとお前に使い道が出てきたのだ、必ず成功させるんだぞ。