149 大合戦
食事を終えた俺たちは、再び馬上の人になるといよいよ敵陣へと向かって前進を始めた。
やや小高い丘を下り、少しずつ敵との距離を詰めていく。遠くに見えていた敵の大軍が、徐々に近づいてきた。こうしてみるとやはり多いな。
対するこちらも、300以上の騎兵で敵へと迫っていく。これは見事だな。
「何というか、負ける気が全然しないな」
「そりゃそうさ、あたしらがいるんだからね」
「そうではなく、俺たちがいなくてもこの騎兵だけで敵を蹴散らせそうだと言ってるんだ」
「それは間違いないだろうな。我ら王国騎士団の主力が集結しているのだ、あの程度の魔物は我々だけで蹴散らせるさ。お前はしばらく我らの戦いぶりを見物してくれていてもいいのだぞ?」
「いや、さすがにそういうわけにはいかないさ」
俺は客じゃないんだしな。
「そうそう、せっかくこんなところまで来たんだ、少しは身体を動かさなきゃなまっちまうってもんさ」
そう言いながら、ジャネットが引き抜いた剣をぶんぶんと振り回し始める。こいつは暴れたくてしかたないらしいな。
サラが不敵に笑う。
「安心しろ、的はあれだけいるんだ。足りないということはないだろう」
「はっは、そいつは都合がいいね。リョータ、いっしょに暴れてやろうじゃないのさ」
「そうだな、少しは働いて姫騎士様の関心をかうことにするか」
「いいこころがけだ。せいぜい私を喜ばせてくれ」
そんな軽口をたたきながら、俺たちは敵陣へと近づいていった。
敵陣まで数百mのところまで接近したところで、自軍がいったん停止する。さて、いよいよか。
隊列を整えると、中央のオスカー隊が動き始めるのをじっと待つ。あれだな、小中学校の運動会での行進を思い出すな。
やがて、少し離れたオスカー隊が鬨の声をあげて突撃を開始した。
それに続くようにサラが号令を発する。
「我らも続くぞ! 全軍突撃!」
おお、と声をあげ、まわりの騎士たちが突撃し始める。俺たちも遅れないよう馬を走らせた。馬蹄が地を蹴り、地響きのような音が周囲に響きわたる。
これは……すごい迫力だな。ここに来るまでに騎馬戦は何度かやってきたが、今回はその3倍以上の数とあって、迫力がまるで違う。まるで大河ドラマの合戦のようだ。敵どもから見れば、さぞ恐ろしい光景だろう。
サラの隊は敵の右翼へと勢いよく突っこみ、その前衛部隊をあっさりと粉砕する。そこから左へと弧を描くように進み、敵の側面を突き破って外へと抜け出した。敵軍がちょうどパンの角を切り取ったかのような形で分断される。
かと思うと、サラはすぐさまUターンし、切り取られた敵の小集団へと向かい再び突撃していく。なるほど、局地的に敵を孤立させることで数的優位を築いたか。
再度の突撃に、敵は文字通り木端微塵に吹き飛んでいく。そこが片づくと、サラは再び敵陣を小さく切り取り、孤立した小集団を即座に撃破していった。
ふと向こうの方を見れば、オスカーは敵陣を突っ切っては方向転換して再び反対側まで突き抜け、まるで敵陣を針で縫うかのようにそれを繰り返している。さすが騎士団長らしい豪快な戦いぶりだな。
シモンはと言えば、遠くてはっきりとは見えないが、どうやら一撃離脱を繰り返して確実に敵戦力を削っているようだ。こちらも実にシモンらしい堅実な用兵だ。ふむ、こうして見ると三者三様でおもしろいな。
さて、俺もいつまでもおもしろがっているわけにはいかんか。馬を走らせながら、俺はもっと手ごたえのありそうな獲物を探す。
と、敵陣の奥の方で騎兵が指示を飛ばしているのが目に入った。あれは指揮官か? 人間のように甲冑に身を包んでいる。決めた、あいつにしよう。
サラの隊から離れ、俺は単騎で騎兵の方へと突貫する。ジャネットはどうやらサラたちと一緒に魔物を蹴散らすのがよほど楽しいらしく、そちらの方に夢中のようだ。
一人突っこんでくる俺に気づいたのか、指揮官のまわりの魔族どもがこちらへと襲いかかってくる。軽装のオークとリザードマンか。指揮官を守るだけあって多少はましな魔物が集まっているな。
もちろん、そんな連中など俺の敵ではない。またたく間に魔物どもを血の海に沈めると、俺は指揮官と対峙する。
こいつ、甲冑をつけたワーウルフか。並みの人間では歯が立たん相手だな。遊撃隊の中でも腕ききの者でなければ倒せまい。
一つ吠えると、指揮官が馬を駆ってこちらへと突進してくる。なかなかの迫力だ。図体も俺より二回りは大きい。手にした大剣を振りかぶり、俺を一刀両断しようと迫ってくる。
雄叫びとともに振り下ろされた剣を軽く払うと、体勢を崩した敵に一太刀浴びせる。だが、思いのほか鎧が分厚く、あまりダメージにはならなかったようだ。
再び俺に向かって突貫してくるワーウルフに、今度は俺もより慎重に剣を構える。最小限の動きで敵の剣を弾いた俺は、狙いを定めて敵の首元へと剣を叩きこむ。
俺の剣は兜と鎧の間をくぐり抜け、魔物の太い首をきれいに両断した。大きく口を開いたまま、人狼の首がいずこかへと飛んでいく。
指揮官を失った魔物たちには、もはや陣を維持することなど不可能であった。ただでさえサラの巧みな用兵によって切り刻まれていた敵陣が、まとめ役を失い文字通り瓦解していく。
その後は一方的な展開となった。敵右翼を撃破したサラ隊はそのまま敵本隊を攻撃、縦に加えて横からも攻撃を受ける格好になった敵の本隊はさほど時を待たずして潰走を始めた。最後はすでにいい感じに数を減らしていた敵左翼を全軍で包囲殲滅する。
終わってみれば、戦場には魔族どもの骸が累々と積み上げられていた。町から離れた場所でよかったな。町のそばだったなら、この屍から変な病気が町中に蔓延しそうだ。
戦いを終え、俺たちはいよいよイアタークを攻略すべく部隊を再編するのだった。