148 敵を前に
森を抜けた俺たちは、一路イアタークへと向け進軍を続ける。
やがて昼にさしかかろうかという頃になって、遠くの方にイアタークとおぼしき影が見えてきた。
そして、俺たちの前に広がる平地の先には、無数の魔族どもが陣をはって待ち構えていた。これは……多いな。
「ひええ、こりゃまたとんでもない数だねえ」
ジャネットが驚いたような声を上げる。
「まったくだ。今日も私と競うか? これだけの数だと、2けたどころか3けたの争いになるかもしれないな」
「それはさすがにかったるいねえ。勝負はこいつらの後にしようよ」
さすがのジャネットも、これだけの数の相手を前にやや調子が狂ったようだ。
俺もサラの隣に馬を並べて話しかける。
「しかし思ったより見事なものだな。今までの連中と違ってわりとまとまって並んでいるじゃないか」
「そうだな、おそらく小隊に分けてそれぞれに小隊長を置いているのだろう。見てみろ、ゴブリンやコボルトどもにまぎれてオークやリザードマン、レッサーデーモンがいるだろう」
「ああ、確かにいるな」
魔物どもは学校の全校集会のように律儀に四角く並んで陣取っている。うちの高校よりかなり多く見えるということは、ひょっとして1000を超えているのか?
対する俺たちも、ひとまず陣をはることにする。本隊をオスカー、右翼にシモン、そして左翼はサラの隊が受け持つことになった。
オスカーたちとの打ち合わせを終えて隊へと戻ってきたサラの姿を認め、ジャネットと一緒に地面に腰かけながら軽食をとっていた俺は立ち上がって近づいた。
「今回はどう動くんだ?」
「このまま食事をとって少し休憩した後、全軍騎乗して敵を蹴散らす。シンプルだろう?」
「ああ、この上なくな」
ニヤリと笑うサラに、俺も笑みを返す。
「ということは、今回も騎馬戦になるのか」
「そうなるな。全軍で突撃、敵陣を突っ切ったら再び突撃、この繰り返しだ。リョータはさすがに飽きてきたか?」
「いや、今回はこれだけの数がいるんだ。さぞ迫力があるだろうと内心楽しみにしている」
「そうか、それはよかった。実は私も楽しみにしていたのだ。何せ300以上もの騎兵が一斉に突撃するのだからな」
300以上の騎兵か。それはさぞ迫力があるだろうな。カナにも見せてやりたかった。いっそのこと、こっそり転移してカナを連れてこようか。
「まあ、私としては遊撃隊の名にふさわしく暴れまわることができるというわけだ。お前たち、ちゃんとついてくるんだぞ」
「無論だ。連中を排除した後は攻城戦になるんだな?」
「そうだ。あの敵を撃退したら、我が遊撃隊をはじめとする精鋭で城塞都市を攻略する。具体的には遊撃隊とオスカー直属の金獅子隊、それと各隊から選抜したCクラス以上の者だな。馬は降りて後衛に任せる。後衛の指揮はシモンがとる」
やっぱり馬は降りるんだな。
「城攻めか。準備はできているのか?」
「残念ながら万端とは言えないな。できあいのもので作った破城槌があるくらいか。正直苦戦はまぬがれんだろう」
やや厳しい表情を浮かべるサラに、俺は一言告げた。
「まあ、そのあたりは俺に策がある。あまり心配することはない」
「そうなのか? また驚かせてくれるのだろうな。楽しみにしているぞ」
「ご期待にそえるよう努力するさ」
そう言って笑う。安心しろ、これまでにないくらいに驚かせてやるさ。あまりのことに腰を抜かすんじゃないぞ。
「ねえリョータ、もったいぶってないで教えておくれよ。あんた、どうやってあのどデカい門を開けるつもりなのさ?」
「それは見てのお楽しみだ。内緒にしておいた方がありがたみが増す」
「ちぇっ、ケチ」
そうつぶやくと、ジャネットは再び手にしていたパンとハムをかじり出す。まあ、そうすねるな。お前もきっと驚くさ。
「さて、それでは私も少しいただくとするか」
そう言って、サラが給仕役の兵士に食事をもらいに行く。パンとハムを受け取り戻ってくると、俺のそばに腰かけてハムを噛みちぎった。実に野性的な食いっぷりだな。いつも城では完璧な作法で食事をしているお姫様と同一人物だとはとても思えない。
俺がもの珍しそうにその様子を見ていると、サラが話しかけてきた。
「どうした、私に何かついているか?」
「いや、城での食い方とずいぶん違うと思ってな」
「それは当然だ。まさかこんなところにまでナイフとフォーク、いすとテーブルを持ってきてナプキンで口元をぬぐえとでも言うのか?」
「それはそうなのだがな。お前のそんな姿を見たら、親父さんも卒倒
してしまうのではないか?」
なかなかに神経質そうな男だったからな、我らが国王陛下は。
その言葉に、サラも思わず噴き出した。
「違いない。母上などは意外と理解があるのだがな」
「ほう」
サラの母親か。この姫騎士の母親なのだ、やはり大した女傑なのだろう。
「そう言えばまだお前の母君とは面と向かって話したことがなかったな。機会があれば話してみたいものだ」
「は、母上とか? そ、そうだな、きっと機会はあるさ、うん。時が来たら会わせてやろう」
……「時が来たら」って何だ? いや、深く考えるのはよそう。
目の前には敵の大軍がひしめいているというのに、俺たちはこんな調子でまるで家でくつろいででもいるかのようにのんびりと食事を楽しんだ。