143 素朴な疑問
サラとのデートからしばらく経ったある日、俺とジャネットはいつものように王城へと呼ばれていた。例の魔界侵攻についての話だろう。
この頃は団長室ではなく、この会議室を使うことも多くなった。今日も部屋には俺とジャネット、そしてサラとリセだけがいる。
席に着くと、ジャネットがにやにやと笑う。
「何だジャネット、気味が悪いな」
「いや、あんたたちの仲も少しは進んだのかと思ってさ」
「な、何を言う! 今日はまじめな話をするために呼んだんだぞ!」
サラの顔が赤いのは怒りのためか羞恥のためか。
「そうそう、リョータは大事に飾ってたよ、あの人形。カナも気に入ってるみたいだし、よかったじゃないか」
「そ、そうなのか? こほん、それは何よりだ」
声が裏返り、せき払いをしながらサラが俺の方を片目でちらりとうかがう。
俺も何か言おうかと口を開きかけたところで、サラがそれをさえぎるように話し始めた。
「さて、本題に入ろう。以前伝えていた通り、我が軍はマクストン王国と連携して魔界へと侵攻することになった」
「うむ」
「今回の戦いは大きな戦になるぞ。我が軍も騎士団200名のうち、実に120名が参加する。総司令にオスカー、副司令にはシモンが就き、私も遊撃隊40を指揮する。これに諸侯からの援軍、ギルドで募集した傭兵が加わり、総兵力は300に達する。前回侵攻を上回るスケールだ」
サラが誇らしげに胸を張る。
……それはいいんだが、何だか数がしょぼくないか? 300人って、俺の高校の全校生徒より少ないじゃないか。
「水を差すようで悪いのだが、それで全部なのか? 近隣の農民から徴兵するなりすれば、千や二千はすぐ集まるんじゃないか?」
「徴兵?」
俺の言葉に、サラは不思議そうに首をかしげた。
それから、冗談を言うなと言わんばかりの顔で笑う。
「リョータよ、確かにお前ほどの男なら300程度ではもの足りんのかもしれんがな、農民から兵など募ってどうするのだ」
む、まさか俺が冗談を言っていると本気で思っているのか? 俺はおかしいことなど何も言っていないだろう。常備軍の概念がろくになかった近代以前、農民からの徴兵は洋の東西を問わず行われてきたことではないか。
俺の顔を見たサラが、少しあわてた様子で声をかけてくる。
「も、もしかして本気で言っていたのか? すまない、馬鹿にしたわけではないのだ。一般人から徴兵しないのは、端的に足手まといにしかならないからだ」
「足手まとい?」
「そうだ。彼らを何人集めたところでまともな戦力にはならない。仮に農民の男を100人集めたところで、この前戦ったワーウルフ一匹さえ倒すことはできないだろうからな」
まあ、確かにそれはそうだろうな。
「それに、千も二千もいては食料を用意するだけでも大変だろう。それだけの手間をかけても、狼男10匹分ほどの役にもたたないのだ。かえって弱点になりかねない」
なるほど、兵站の問題もあるか。的にしかならん上に無駄飯食らいでは、いいところは何もない。
「だが、ガーネルとの戦いの時には近隣から兵を集められる前に片づけたいとか言っていたじゃないか。あれは何だったんだ?」
「あれは、多くの者を巻きこめばそれだけ統治が面倒なことになるから速やかに片づけたかったのだ。徴兵された農民を殺してしまえば、その分遺恨ものこるだろう? 純軍事的には農民が千人集まろうが、我が遊撃隊が破れることなど万に一つもない」
自信たっぷりにサラが言う。そうだった、こちらの世界ではあちらの世界の常識は通用しないのだった。そう言えば、以前騎兵の扱いについて聞いた時も同じようなことがあったな。
と、サラが俺の顔色をうかがうようにこちらを見る。
「き、気分を損ねたか? すまん、きちんと説明するべきだったな」
「いや、そんなことはない」
「リョータはきっと、数の優位というものを重視していたのだな。それももちろん大事だが、量以上に質が重要なのだ。聡いお前なら、わかってくれるだろう?」
「うむ、もちろんだ」
うなずく俺に、サラはなおも不安そうな顔を向ける。
そして、少し身を乗り出して口を開いた。
「我が軍は兵の質を重視している。そして、お前はこれ以上ない最高の戦士だと私は信じている。お前の力は、私……我が軍に絶対必要なのだ。どうか私に力を貸してくれ」
「当然だ。そのために俺はここに来ているのだからな」
そこまで言われると悪い気はしないな。だいたい、サラは俺の正妻になる可能性が高い女なのだ。そんな女の頼みとあらば、無下にもできまい。
俺の返答に、サラは少し顔を赤らめて俺をみつめてくる。な、何だか照れくさいな。
そんな俺たちを、横で見ていたジャネットが茶化してくる。
「あんたたち、こんなところで見せつけないでおくれよ。続きはどうなったんだい?」
「ご、ごほん! そうだったな、説明を続けよう」
あわててせき払いすると、サラが姿勢を正す。そう言えば、話は全然進んでいなかったな。
俺たちも姿勢を正すと、サラの話に耳を傾けた。