141 姫騎士からのプレゼント
王都の西側にある公園。市壁の中にこれでもかというほど建物を詰めこんでいる王都にあって、数少ないゆったりとした空間が広がる場所だ。
なだらかな丘、きれいに手入れされた芝生、そこかしこにある花壇。こじんまりとした公園ながら、ところどころにベンチが備えつけられ、水汲み場も設置されている。
そんなのどかな公園を俺はサラと二人で歩いていたのだが。
「これは、少々、その、あれだな」
「そ、そうだな……」
若干とまどう俺に、サラが消え入りそうな声で答える。
問題は、公園の客層にあった。
公園のどこを見ても、若い男女ばかりが目につく。というか、カップルばっかりじゃないか。何だこのリア充スポットは。
「サラ、本当にここでよかったのか?」
「あ、ああ……。若者は東の公園よりこちらを好む、と聞いたのでな。間違ってはいない」
「そうか。それにしても、何だか落ち着かんな」
「そ、そうだな……」
麦わら帽子を深くかぶり、恥ずかしそうにサラがうつむく。
それから、ぼそりと俺に聞いてきた。
「わ、私たちも、ここの者たちと同じように見えているのだろうか……?」
「ここの者というと、つまりカップルに見えるかということか?」
「だ、だからそう言っている!」
少し怒った風に、サラはやや声を荒げた。そのままぷいとあちらを向く。少々聞き方がストレートに過ぎたか。
「見えるか見えないかと言われれば、普通はそう見えると答えるだろうな」
「そ、そうなのか」
「そういうものだ。お前がどう思っていようと、まわりが同じように思うとは限らん」
「そ、それもそうだな……」
ぼそぼそとつぶやくと、そのまま口を閉じる。まったく、我が姫は難しいお年頃のようだ。
いつまでもぶらぶらしているのも何なので、俺はサラにベンチを示した。
「とりあえず、あそこで休憩でもしようか」
「あ、あそこか……? いや、そうだな、そろそろ休むとしよう」
小さくうなずくと、俺とサラはちょうど二人座れるくらいのベンチへと移動した。
木目がなかなかにいい味を出している木のベンチに、俺とサラは並んで腰かける。
サラが、若干高めの声で俺に聞いてきた。
「こ、これは、いささかせまいというか、か、身体が近すぎるのではないか?」
「そうか? 他のベンチも同じくらいの大きさだし、こういうものなのだろう。見ろ、他の連中も普通に座っている」
俺がまわりのベンチを示すと、サラが顔を赤くしてうつむいた。
ベンチに座るカップルは、どいつもこいつも身体を寄せ合っていちゃついていた。せまいベンチで、女が男にしなだれかかるように座っている。サラにはちと刺激が強いかもしれんな。
そのサラはといえば、なるべく俺と接触しないように、ベンチの端の方に座っている。太ももが3分の1ほどベンチからはみ出してしまっているが、つらくないのだろうか。
それでもこのせまいベンチだ、腕のあたりはどうしても触れ合ってしまう。身体をよじっても無駄だとあきらめたのか、二の腕は触れるがままの状態になっていた。
しばらく黙って座り続けていた俺たちだったが、このままではらちがあかないと思い、思い出話でもすることにした。
「お前と初めてこんな風に話したのは、四魔将とやらの砦が初めてだったな」
サラもこくりとうなずく。
「ああ、そうだったな」
「初めて会ったのは、城の団長室だったか」
「ああ、そうだ」
「あの時の第一印象は、正直最悪だったぞ。何だ、この生意気な女は、と思ったものだ」
「なっ……!? 言わせてもらうがリョータ、私だってお前の印象は最悪だったぞ。ちょっと仕事をしたくらいでいい気になっている、礼儀も知らない無礼者だとな。だいたいお前というやつは……」
顔を紅潮させているのは先ほどまでとは違う理由からだろう。サラがまくしたてる。
一通りしゃべり終わると、肩で息をしながら、サラはいつもの明るい笑顔を向けた。
「かなわないな、お前には。こんな話を振ってきたのも、私の緊張をほぐすためなのだろう?」
「べ、別にそういうわけではない」
本当にそんなわけではないのだがな。どうもサラは俺のやることを過大に評価するきらいがある。もちろん、逆よりははるかにマシなのだが。
「あの時私の印象が悪かったのも、カナのことがあったからだろう? あの頃の私は、本当にまだまだだった」
「それは確かにあるがな。だが、今のお前は立派な騎士だ。それはこの剣に誓ってもいい」
「やさしいな、お前は」
穏やかに笑うと、サラはまっすぐに前をみつめた。
「私にとって、お前は常に追い続けるべき目標だ。それはいつまでも変わらない」
「そうか。では、俺もそれに恥じぬよう努めなければならんな」
それきり、また会話が途切れる。
そして、またサラがそわそわとし始めた。
やがて、何かを決心したかのように顔を上げた。
「リョ、リョータ!」
「ん、何だ?」
「そ、そのだな……」
そう言いながら、サラはかごの奥から何かを取り出す。
「お、お前に、渡したいものがあるのだ!」
いきなり声を裏返らせながら、サラが声を荒げた。
「な、何も言わずにこれを受け取ってくれ!」
「あ、ああ」
ぐいと押しつけられた包みを、俺は勢いに押されるように受け取る。この手触りは……人形か何かか?
聞こうとする前に、サラが早口にまくしたてる。
「た、ためしに作ってみたのだ! い、一応カナとおそろいになっているからな、二人で使ってくれ! ここでは開くなよ!」
「これ、サラが作ったのか?」
「そ、そうだ! 笑うなら笑えばいい!」
「笑うわけがないだろう。お前にそんな特技があったのかと感心していたところだ」
「そ、そうか……」
とたんにしおらしくなったサラが、小さな声でつぶやく。
「よ、よければ使ってやってくれ……」
「ああ、大切に飾らせてもらおう」
「そうしてもらえるとありがたい」
そうつぶやいたサラが、さらに何かを言おうと顔を上げたが、開きかけた口をぐっと閉じる。
それから、残念そうに笑った。
「どうやら今日はここまでのようだ、リョータ」
サラの視線をたどると、そこにはゆっくりと近づいてくるリセの姿があった。街中を回って俺たちを見つけたのか、それともある程度察して頃合いをみて出てきたのか。
何はともあれ、姫様との逃避行はここでおしまいとなった。