139 姫騎士とのデート
サラとのデートの日になった。
仮にも姫様とのデートということで、仕立てのいい服を選ぶと、俺は玄関へと向かった。
それに気づいたジャネットが、居間から顔を出す。
「おやリョータ、どこに行くんだい?」
「ああ、今日はサラに町を案内することになっていてな」
「へえ、そうなのかい? だったらあたしも行くよ」
「いや、今日は俺と二人で回りたいのだそうだ」
「え!?」
驚いたジャネットが、廊下へと身を乗り出してくる。
「そ、それって、二人でデートってことかい?」
「そうなるな。お前とはいつもしてるんだし、たまにはいいだろう」
「ま、まあ、そうだけどさ」
やや納得しかねるといった顔ながら、ジャネットはおとなしく引き下がった。
玄関のドアを開いた俺は、念のためにジャネットの方を振り返る。
「一応言っておくが、ついてきて観察したりするなよ?」
「し、しないよそんなこと!」
そう叫ぶと、ジャネットはすねたように居間へと戻っていった。
待ち合わせの場所に着いた俺は、さっそくサラを探す。まあ、まだ来ていないかもしれんがな。
麦わら帽子をかぶるからそれを目印に、などと言っていたが、さて、もういるだろうか。公園の水場のあたりで待ち合わせということだったので、それらしき人物がいないかとあたりを見回す。
……もしかして、あれか? 一人だけ麦わら帽子の女がいるが、いや、あれは……。
その女は、清楚な水色のワンピースを身に着け、髪を三つ編みにして両側からたらしている。麦わら帽子を深くかぶっていて顔がわからないが、あれが姫騎士なのか……?
どう見てもその辺の町娘にしか見えんかっこうだが、よく見れば肌は白く脚も長く、身体もほどよく引き締まっているように見える。
人違いだったら恥ずかしいな、と思いつつ、俺は女に近づいていった。あちらはどうやら俺の接近に気づいていないようだ。
「もし、失礼だが――」
「ひゃっ!?」
声をかけるなり、女が妙な声を発して顔を上げる。整った顔、切れ長の瞳。見間違えるはずもない、我らが第三王女殿下その人であった。
顔を赤く染めたサラが、何かをごまかすように一つせき払いする。
「ごほん! よ、よく来てくれた、リョータ。思ったよりも早かったな」
「そりゃお前を待たせるわけにはいかんと思っていたからな。まさかこんなに早く来ているとは夢にも思わなかった」
「そ、それはだな! 私も少し町の者たちの様子を観察したいと思ってだな! いや、私も今来たばかりなのだ、気にすることはないぞ」
「それはありがたい」
観察、というわりには、まわりの様子など全く見ている風には見えなかったがな。
「それにしてもサラ、今日は珍しいかっこうをしているな。顔を見なければそのあたりの娘と区別がつかんぞ」
「そ、そうか? それはよかった、一応私もお忍びだからな」
「ワンピースなんて珍しいな」
「そうだな、周りの者に聞いたのだ。リョータのような男はこういう清楚な衣装を好む……ではなく! 町娘が好んで着る衣装だと聞いたのだ! ほ、ほら、お前もよくカナにワンピースを着せているだろう?」
「そうだな、カナはワンピースがよく似合うからな。それに、確かに俺はワンピースが好きだしな」
「そ、それは別にどうでもいい!」
サラが怒ったように俺の話をさえぎる。これは照れているのだろうな。それと、俺との初デートということで緊張しているのかもしれん。
「だが、その姿だと他の者が見ても姫騎士だとは思わんだろうな」
「そ、そうだろうな」
そう言って、少し不安げに俺の顔を見上げてくる。
「や、やはり私には、こういう服装は似合わないだろうか……?」
「いや、そんなことはない。よく似合っている。普通にかわいいぞ」
「か、かわいい……?」
正直な感想を口にしたつもりなのだが、サラは顔を真っ赤にして視線をあちこちへとさまよわせた。
ややろれつがあやしい感じで言う。
「わ、私が、かわいい、か。そんなことを言われたのは子供の時以来だぞ。ほ、本当にそう思っているのか?」
「本当だとも……大丈夫か、サラ?」
ちょっと心配になって声をかけると、サラも我に返る。
「す、すまない、大丈夫だ。それではそろそろ行こうか」
「ああ」
うなずいた俺は、ふと気になったことがあってサラに尋ねた。
「そういえば今日はリセがいないのか。珍しいな」
「いや、実はそれがな……」
そう言って、サラがあごで右側の方を示す。
そちらを見てみると、ここから結構離れたところで見覚えのある女が騎士服に身を包んでこちらをみつめているのが目に入った。俺の視線に気づいたのか、女が軽く頭を下げる。
サラがため息をついた。
「私を一人にはできないとしつこくてな。何とか離れさせるのには同意させたのだが」
「まあ、そこまで譲歩させただけでも大したものだな」
俺も苦笑すると、サラの手を取った。
「さて、それではまずはどこにまいりますかな、姫様」
またしても頬を赤くするサラだったが、一転して姫らしい傲岸なまなざしを俺に向けた。
「うむ、お前にまかせよう」
そして二人、顔を見合わせて笑うと、俺はサラの手を取りながら街を歩き始めた。