137 約束
魔界の調査を終えた俺たちは、ピネリの町に入って一泊することにした。
考えてみれば、俺はもう十日近く家に帰ってないことになるのか。カナもたいそうさびしがっているに違いない。今回もレーナに留守を頼んでいるが、早く帰ってやらないとな。
宿で夕食を終えた後、俺たちはそのまま話しこんでいた。
「やはり今回最も手ごわいのはイアタークの町……例の城塞都市だろうな。市壁も高く、魔族も相当数いると考えられる」
「ワーウルフが五匹も現れるんだもんね、並みの兵士じゃ歯が立たないさ」
「だが、そのための俺たちなんだろう?」
「そういうことだ。遊撃隊からはリセたちAクラス・Bクラスを中心とした小隊を編成し、それでも倒せないような大物を我々三人で倒していくことになるだろう」
「へへっ、腕がなるね」
ジャネットがにやりと笑う。こいつは本当に戦うのが好きなんだな。
サラも笑みを返すと、少し深刻そうな顔になる。
「本当に手強いのは、戦いそのものよりも獣人について理解してもらうことかもしれんがな。我が国はともかく、マクストンに受け入れてもらうのは骨かもしれん」
「何、そんなの簡単さ」
ずいぶんと気軽な感じでジャネットが言う。
「あちらのお偉いさんにも見せてやればいいんだよ、あの子らを。そうすればイチコロさ」
そう言いながら、懐から取り出した飾りものをサラに見せる。簡単な木の彫りものだ。村を出る時、獣人の子供がジャネットに手渡していた。
俺たちの中でも反魔族の急先鋒だったジャネットが、今ではこのありさまなのだからな。それもいいのかもしれない。
サラも笑ってうなずいた。
「確かにそれが一番かもしれんな。まあ、もしマクストンが獣人を国民として受け入れられないと言うならば、こちらへと引き渡してもらうよう交渉するなりなんなりするさ」
「交渉にはサラが参加するのか?」
「実際に獣人と会っているしな。まあ、せいぜいがんばるとするさ」
この年で軍の幹部だけではなく外交もこなすというのだから大したものだ。俺は感心しながらがんばれよ、と一言つぶやいた。
しばらく話しこんでいると、ジャネットが立ち上がった。
「ちょっとトイレにいってくるよ」
「ああ」
ジャネットがすたすたと部屋を立ち去り、俺とサラ、リセの三人が残る。
と、サラが落ち着かない様子で視線をさまよわせ始めた。
そして、リセに何やら目配せする。
リセは一つうなずくと、立ち上がって部屋の外へと出た。後には俺とサラが残される。
そわそわしていたサラが、遠慮がちに声をかけてきた。
「な、なあリョータ」
「どうした? ずいぶんと落ち着かない様子だが」
「そ、そんなことはない。それより、お前におりいって頼みがあるのだが」
「頼み?」
「あ、ああ」
そう言うと、サラは両手をテーブルの上で組みながら視線を手元へと落した。
「私も少し年頃の娘のように遊んでみたくてな。ほら、私はこれでも一応姫だろう? なかなか町娘のように遊ばせてはもらえなくてな」
「ふむ、なるほどな」
うなずく俺に、意を決したように顔を上げると、サラは俺の目を見ながら言った。
「だから今度、その……私に、つ、つき合ってはもらえないだろうか?」
つき合って、のところで珍しくサラの声が裏返った。よほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてサラがうつむく。こうして見ると、姫騎士様も何ともかわいらしいものだ。
俺はうなずいた。
「もちろんだ。町を案内すればいいんだな? なら、ジャネットよりもレーナに頼んだ方が無難か……」
「い、いや、待ってくれ!」
誰に案内を頼もうか考えていると、慌ててサラが顔を上げる。自分の大声にびっくりしたのか、サラはがばっと頭を下げた。
「す、すまん、驚かせてしまった。あの、そのだな、今回は、ふ、二人で町を見て回りたいのだが」
「二人で?」
首をかしげながらサラの顔を見る。
「いいのか? 俺は女の好みはよくわからんぞ? 町娘の遊びなら、レーナあたりにまかせた方が……」
「い、言い方が悪かったな。私は、その、あれだ。よく男女が二人で街中を歩いているだろう? あれを、その、やってみたいのだ」
そこまで聞いて、俺もようやく察する。ははあ、そうか、そういうことか。
「なるほど、わかった。つまりサラ、お前は俺とデートをしてみたいのだな?」
「なっ!? いや、そうではない! いや、何というか、もっと気軽なアレだ!」
気軽なアレ、っていったい何だ。あたふたしながら、サラが必死に説明を試みる。
「ほら、あれだろう! お前とジャネットがいつもやっているアレだ! 別にデデデデートというわけではなくだな、お前たちのように二人で気軽にぶらっと町を歩く、ああいうのだ! 決して浮ついた気持ちで言っているのではないぞ?」
いや、遊びに行くのならある程度浮ついていてもらわないと困るんだが。まあ、とにかくそういうことにしておいてやろう。
だんだんサラの声が小さく、自信なさげなものになっていく。
「その……やっぱりダメか? お前にはジャネットもレーナもいるものな、二人を誤解させるような行動はやはりできんか……? すまん、今の話はなかったことにしてくれ……」
これがあの気高い姫騎士かと目を疑うほどに、サラはしょんぼりと肩を落としていく。う、何だか元気づけてやらないと、俺の男がすたる気がしてきたぞ。
いまや臆病な少女といった風にうつむくサラに、俺は彼女が安心できるようはっきりと告げた。
「わかった、俺とお前で町をめぐればいいんだな。約束しよう」
「ほ、本当か!?」
とたんにサラががばっと顔を上げる。その表情にはまだ不安が混じっているようだ。
「本当だ。あの二人のことなら心配するな、別に俺とお前がいっしょにいたところで文句を言われる筋合いはない。確かにサラと二人で王都を回ったことはないからな。うん、むしろ俺からもお願いしたいくらいだ」
「あ……ありがとう、リョータ!」
サラが俺に抱きつかんばかりの勢いで立ち上がる。満面の笑みで、実に嬉しそうだ。というか、ちょっと泣きそうになってないか?
それにしても、サラは感情が表に出ると本当に美しいな。かわいいと言った方が正確か? 怒った時もそうだしな。
しかし……これはサラのやつ、本格的に俺に落ちてないか? 今までも気があるのはわかっていたが、最近は特にはっきりとあらわれている気がするぞ。
「で、では、日時はどうする? 三日後でいいか? 私としては、待ち合わせというやつもやってみたいのだが、リョータはそれでいいか?」
まるで子供のように、サラが矢継ぎ早にあれこれと提案してくる。こんなサラの姿、見るのは俺が初めてなんじゃないのか?
とりあえず日時と待ち合わせ場所を決めていると、リセが静かに部屋へと入ってきた。
少し声のトーンを高くして早口になっていたサラが、はっと目がさめたかのようにいつもの調子に戻る。
「では、そういうことでよろしく頼む。くわしいことはまた後ほど伝えさせることにする」
「ああ、わかった」
俺がうなずいたちょうどそのタイミングで、ジャネットが部屋に戻ってきた。なるほど、リセはこれを伝えるために戻ってきたのだな。
「おや、二人ともどうしたんだい? また仕事の話かい? こんな時間までご苦労なこったね」
「いや、ジャネットの帰りが遅いと思ってな」
「あ、あんた、乙女にそういうことを言うんじゃないよ。言っとくけど、あたしゃ小だからね。ちょっと場所がわからなくなっただけさ」
その言葉に、俺たちはどっと笑う。それからしばらく雑談を楽しみ、俺たちはそれぞれの部屋へと戻った。
サラとのデートか。よく考えてみると、純粋にサラと二人きりになったことはまだ一度もないんだな。俺も楽しみだ。