136 魔族の拠点
魔界の森を抜けた先に広がる平地。
今、俺たちはそこでワーウルフの群れを相手に戦っていた。
「サラ、二匹まかせてもいいか?」
「構わんさ。この剣のさびにしてくれる」
「あたしだって、こいつでばっさりぶった斬ってやるさ!」
そう言うと、馬から降りた二人がワーウルフへと向かい駆けていく。続いてリセも後を追いかけていく。さて、俺もいくとするか。
馬から悠然と降りると、俺は迫ってきたワーウルフの爪を剣で軽く受け流す。攻撃をかわされた人狼は、怒りの雄叫びを上げながら再び突進してきた。
このワーウルフというモンスターはなかなかの強さだ。俊敏な動きと怪力、そして鋭い爪が特徴で、Bクラス程度の力がなければ倒すのは難しい。それが五体も現れたのだから、魔界というのはあなどれない。
まあ、相手が悪すぎたがな。突っこんできた人狼の爪をさっきと同様に受け流すと、がら空きになった背中に剣を叩きこんだ。並みの攻撃は受けつけないらしい毛皮と筋肉が、裂けるチーズを指で裂いているかのようにさっくりと切り裂かれていく。
ほぼ同時に、ジャネットとサラも敵を一匹ずつ始末する。サラは二体相手だというのに、ハンデを全く問題にしないな。リセの方も心配いらないだろう。
と、サラと戦っていたもう一匹が、猛然とこの場から逃げ出していく。サラがちっと舌打ちして、そいつを追いかけようとした。
その時、虚空から一本の槍が現れ、ワーウルフの背中目がけて飛んでいった。槍は背中をぶち抜き、胸から飛び出た穂先が地面に突き刺さる。
身動きが取れなくなった人狼に追いつくと、サラはざくりとその首をはねる。リセの方はジャネットが手伝い片づける。並みのパーティーなら全滅していたであろう恐るべき魔物の群れは、俺たちの前に数分たらずで屍と化した。
「逃がさずにすんでよかった。リョータ、礼を言うぞ」
「何、逃げられて増援を呼ばれたんじゃたまらんからな」
「ワーウルフなんて化けものがいるってことは、目的の町が近いのかねえ」
「そうだろうな」
うなずきながら、サラが馬に乗る。俺たちも騎乗して、サラの後に続いた。
獣人の村を出た後、俺たちは魔界の探索に乗り出していた。
サラがあらかじめ目星をつけた場所を中心にぐるぐるとまわってみたところ、人間が住む集落は思いのほか多かった。いずれもすぐに殺されるような危険はなさそうだったので、偵察をするにとどめておいた。魔族たちも、ある程度人間を労働力として使っていかないと人手がたりんのかもしれないな。
そして、今俺たちはおそらく最も激しい戦いが予想されるであろう町へと向かっているところだった。さっきの魔物たちも、その町を守る部隊だったのかもしれない。
何でもその町は、かつては伯爵領の州都だったそうで、当時は人口が4000人を超えるそこそこの都市だったのだそうだ。その規模の都市となると市壁もかなり立派になるので、攻略も相当大変だろうというのがサラの見立てであった。
しばらく進むと、遠目に高い壁に囲まれた町が見えてくる。どうやらあれが目当ての町のようだ。
サラが難しい顔をする。
「やはりかなり丈夫そうな市壁だな……。あれを攻略するのはかなり骨だろう」
「道はそこまで荒れてはいないようだな」
「うむ。察するに、あの町は魔族の手に落ちた後も拠点としての地位を保っているのだろう。見てみろ、リョータ」
「うん?」
サラにうながされ、町の周辺に目をやる。
市壁のまわりには畑が広がり、小さいながらもそこで作業する者たちの姿をかろうじて目にすることができた。見た感じでは人間のように見える。あるいは獣人か。まあ、遠すぎるからよくわからんがな。
「おそらく奴隷身分の人間や獣人が外で働かされ、都市に食料を供給しているのだろう。そのあたりは人間界と大して変わらんかもしれん。逆に言えば、そうしなければ維持できないほどの住人があの町にはいるということだ」
「なるほど」
「あの畑の広がりからすれば、奴隷の数は相当多いぞ。1000や2000ではきかないだろう」
「そんなにか」
「ああ。下手をすれば5000くらいいるかもしれん」
「5000か」
それはまた多いな。まあ、確かに畑のあちこちに集落のようなものが見えてはいるが。
「まあ、奴隷が5000だとすれば、町に魔物が1000も2000もいるということはないだろうな。魔族が大食いだと仮定すればいいところ200か300、多く見積もってもせいぜい500といったところか。もっとも、私は魔族の生態にくわしくはないからはっきりしたことはわからんがな」
それから、市壁の外にある小さな点を指さす。
「壁のまわりを見てみろ。あちこちに小屋があるだろう? おそらく家畜的に飼われている魔族の小屋だ。連中の数はかなり多いだろうな。それでも1000に届くことはないと思うが」
つまり市壁の中にはザコ以外の魔族が2,300いるということか。それは少々やっかいかもしれないな。
「ガーネルの時よりは骨がありそうな仕事だな」
「ふっ、お前なら心配ないだろうさ。期待しているぞ」
「まかせなよ、魔族なんて何百匹来ようが全部たたっ斬ってやるさ」
ジャネットが凶暴な笑みを見せる。きっと攻略戦では暴れてくれるだろう。
その後俺たちはさらに詳細に調査を進め、しばらくしてそのエリアを後にした。