135 獣人の立ち位置
翌日の午前中、俺とサラは村長の家のそばにある丘に腰を下していた。日差しがぽかぽかと暖かい。
俺たちの視線の先では、ジャネットが子供たちとじゃれ合っていた。何やら鬼ごっこのような遊びをしているらしい。
「えい!」
「お姉ちゃん、速ーい!」
「全然さわれないよー」
「はっはは! あたしゃ『疾風の女剣士』だからね! ほら、みんなでかかってきな!」
「よーし、それー!」
……何ともほほえましい光景だ。しかも子供の半分は獣人だときている。ジャネットもすっかりなじんだな。
ジャネットと子供たちを見つめながら、サラが笑う。
「獣人の件に関しては、もう心配しなくてよさそうだな。あの様子を見ると」
「そうだな。あの子らの親とも仲よくやっていた」
「やはり実際に会ってみるのが一番ということか」
「そうなんだろうな」
かくいう俺自身も、つい最近までは魔族は皆殺しの対象としか思っていなかったからな。危うく未来あるケモ耳っ子たちを失ってしまうところだった。危ない危ない。
「出発は明日の朝だったな?」
「ああ。今日は村の視察とジャネットを獣人に慣らすのに一日使うつもりだったからな。もっとも、ジャネットの方はもうやることがなくなってしまったが」
そう言ってサラが苦笑する。まあ、おかげで俺は余計な心配をせずにケモ耳たちの生態を調べることができるからありがたい話ではある。
「どのあたりに集落があるかの目星はついているのか?」
「一応な。まだあのあたりが王国領だったころの古い地図を元に見当をつけている。今回は十か所ほど回ってみるつもりだ」
「それはまた多いな」
「まあ、そのうちどれだけ残っているかわからんしな」
そう言うと、サラは一つため息をついた。
「実は、この調査が終わった後の方が大変だったりする」
「それはどういうことだ?」
「見ての通り、獣人たちが我々とほとんど変わらないことはわかってもらえただろう? この後、我々は彼らの存在を軍の者たちに知らせなければならん。放っておけば、次回の侵攻時に彼らを全員狩ってしまいかねないからな」
「ああ、そうか。このことはまだ一部にしか知られていないのだったか」
それは一大事だ。こんなかわいいケモ耳たちが狩られるなど見過ごせん。場合によっては、俺が直々に守ってやらねばなるまい。
「というか、この村の獣人はよく殺されずにすんだな」
「このあたりはシモンが制圧したそうだからな。彼がこの村を見つけていなければ、今ごろはどうなっていたかわからん」
「なるほど」
よくやった、シモン。王都に帰ったら、あいつにも俺のコレクションから厳選した品を一つプレゼントしてやろう。
「まずは我が軍、そして今魔界に侵攻しようとしているマクストン王国にも知らせなければならん。知らずに獣人たちを殺してしまっては困るからな」
「それは大変そうだな」
うなずきながら、俺は一つ疑問を口にした。
「だが、それはなかなかにリスキーな話じゃないか? 一般には人間以外は皆魔族と思われているのだろう?」
「そこはお前が考えてくれた獣人という呼び名が役に立ってくれるだろう。我が国に関して言えば、機密事項ではあるが、彼らの存在自体はすでに軍の上層部や王党派の貴族、官僚たちにも知られているし、受け入れられてもいる。下準備は抜かりない」
「教会の連中はどうなんだ? 魔族など皆殺してしまえとか言わないのか?」
「その心配はない。少しややこしい話になるが、総本山のソレルネ教国は国家財政を我々四王国からの寄進に依存していてな。かつての教皇領くらいの規模ならば他の教会からの収入でどうにでもなったのだろうが、なまじ国家としてそこそこの図体があるせいで、我々からの寄進を止められるわけにはいかないのだ。だから、いくら発言力があるとは言っても、よほどのことがない限りそこまでうるさいことは言ってはこない」
「獣人くらいならよほどのこととは言えない、ということか」
「我々がこぞって魔族の側につくわけじゃないんだ、問題あるまい。元々教会は教義の上でも無暗な殺生を好まないしな。彼らの教義に則しているんだ、大丈夫だろう。もちろん、しっかりと根回しはするがな」
なるほどな。世界史などを学んでいると、宗教と言えばとにかく異教徒を殺しまくるイメージだったのだが、どうやらここの教会はそういうヤバいタイプではないようだ。
まあ、獣人の存在を周知させるのはいろいろ大変なのだろうがな。そのあたりは国のお偉いさんに任せるとしよう。もちろん、かわいいケモ耳娘たちに手を出そうものならこの俺が許さんがな。
サラが伸びをしながら立ち上がる。
「それも無事調査を終えて帰ってからのことだ。魔界の偵察任務、まずはよろしく頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ」
胸に拳を当てて返事をすると、俺もその場から立ち上がる。
それから、俺たちはすっかり子供たちとなじんだジャネットの方へ向かうと、彼らに交じってしばし童心に返ったように遊ぶのだった。