134 獣人との対話
村長の部屋でしばらく待っていると、騎士に連れられて二人の男が入ってきた。
片方はこの村の村長だろうか。そこそこいい年のじいさんだ。といっても60くらいか。髪はほとんど白くなっている。
そしてもう一方は、犬のような耳が特徴的な50くらいの男だ。この男が獣人の代表なのだろう。
まず白髪の老人が、俺たちにあいさつしてきた。
「このようなところまで、わざわざお越しいただきありがとうございます。私がこの村の村長です。こちらはモンディ族の代表のガルさんです」
ガルと呼ばれた男が俺たちに一礼する。それから、自己紹介を始めた。
「モンディ族の族長、ガルです」
サラも立ち上がってあいさつする。
「王国騎士団遊撃隊長、サラだ。このたびは人間と魔族が共に暮らす村があると聞き、ここまでやってきた。いろいろ話を聞きたいと思うので、よろしく頼む」
村長と族長が頭を下げる。村長の反応を見るに、サラが王女だということは伝えていないのか。それとも、魔族の支配が長かったので王国の事情に疎いのだろうか。
椅子に座ると、さっそくサラが質問し始めた。
「この村は長らく魔王の支配下にあったわけだが、その間村の暮らしはどのようなものだったのだ?」
村長が答えた。
「はい。私が子供の時、いや、それよりずっと昔から、この村では我々人間とモンディ族が魔王によって働かされ続けてきました。魔王が遣わせてきた魔族の監視の下で、我々とモンディ族はひたすら連中の食料を作らされ続けてきたのです」
「そうか。族長殿、モンディ族のような種族は魔界には多いのか?」
族長がやや緊張ぎみに答える。
「わかりませんが、さほど多いわけではないでしょう。というよりも、そのような種族は我々のように奴隷として人間界との境界付近の領域に連れてこられ、数が増えすぎないよう管理されていると魔族たちから聞きました」
「ということは、魔界との境界には獣人……モンディ族のような者たちの集落が多いのか?」
「多分そうだと思います」
「なるほどな、ありがとう」
うなずくと、俺の方を向く。
「どうやらあちらの身分制度はずいぶんと過激なようだな。そしてこのモンディ族のような種族は、人間とほとんど変わりがないようだ」
「うむ、そうみたいだな」
「……つき合ってみないとわかんないけどね」
ジャネットが獣人を用心深く見つめながら言う。まあ、それも一理あるがな。
それからしばらく、俺たちは獣人の族長にいろいろと質問していった。といっても、族長もずっとこの村にいたのでそれほど情報を持っているわけではなかったが。
それでも、ある程度知能があって奴隷階級に属する魔族ならば体制に不満を持っているだろうということはわかった。大きな収穫だ。まあ、それはどこの世界でも変わらない構図だな。ちなみに、ゴブリンやコボルトのような知能の低い魔族は、ほぼ家畜のようなかたちで管理されているそうだ。
それと、この獣人のように無暗に人間と敵対しようとしない種族がいるというのも大きいな。単に損得でどちらにつくか判断しているだけかもしれんが、それなら十分交渉の余地がある。というか、その辺は人間も別に変わらん。
村長と族長から有益な情報を得た俺たちは、その日は村長の家に滞在することにする。
話を終えて部屋を出ようとすると、三人の子供が中へと入ってきた。手には何やら花の輪を持っている。
三人がそれぞれ俺たちの前に立つと、手にした花飾りを俺たちに手渡した。なるほど、歓迎してくれているのか。ありがたく受け取ることにする。
ジャネットのところには、獣人の女の子が立っていた。カナより少し小さいくらいか。猫耳がかわいらしい。嬉しそうに尻尾をふりふりしながら、とまどうジャネットに花飾りを差し出す。
「お姉ちゃん、これどうぞ!」
「え? あたしかい?」
「うん!」
満面の笑みで差し出された花飾りに、ジャネットも困ったような愛想笑いを浮かべる。おそるおそる受け取ると、女の子が嬉しそうな顔をする。
「それ、かぶってみて!」
「ええ? こ、こうかい?」
「そう! うん、似合う似合う! お姉さん、きれい!」
「そ、そうかい? ありがとうよ」
ジャネットがニマァと無理やり笑うと、獣人の子はぴょんぴょんはねて喜んだ。
俺たちも同じように花飾りをかぶって子供たちに礼を言うと、子供たちは嬉しそうに笑って部屋を出ていった。
俺はジャネットに聞いてみた。
「どうだ、獣人の子は?」
「ふ、ふん! 子供は人間だろうが獣人だろうがかわいいもんに決まってるじゃないのさ!」
やや怒ったような、すねたような調子でジャネットが言う。今朝に比べてずいぶんと態度が軟化したものだ。この分ならもう心配はないだろう。
俺たちはそれぞれあてがわれた部屋に移動して荷物を置くと、夕食までの間三人で村を見て回ったのだった。