133 獣人の住む村
ピネリの町を出発した俺たちは、問題の獣人が住む村へと向かっていた。
ピネリから南西、森林地帯の中ほどにあるらしいその村を目ざし、俺たちは森の中へと入っていく。旧魔界領ということで、もっと禍々しい森かと思っていたが、見たところごくごく普通の森だ。いわゆるマイナスイオンが満ちていそうな森だな。いったいマイナスの何イオンなのか、小一時間ほど問い詰めたいところだが。
そして、今日は昨日以上にジャネットの機嫌が悪い。昨日は話しかければ返事をしてくれたが、今日はほとんど答えてくれない。たまに右手の親指の爪をかじったりしている。こんなにピリピリしたジャネットを見るのは初めてだ。
サラも少し困った様子で、俺の方に馬を寄せてくる。
「ジャネットは、その……大丈夫、なのだろうか?」
「心配するな。何も起こらないように俺も注意する」
「それは、何か起こることが前提ということだな……?」
「……いや、わからんさ」
自信のない返事をする。そこまではないとは思うが、獣人を見るなり襲いかかったりしないことを祈るばかりだ。
先頭を行くリセが、こちらを振り返る。
「皆さん、そろそろ村に到着いたします」
「そうか」
俺とサラがうなずく。ジャネットが少し顔をしかめた。……本当に、大丈夫だよな?
その村は、俺が思っていた以上に小さな村だった。家は2,30軒くらいか。ということは、この国の世帯構成から考えれば100人からせいぜい200人くらいしか住んでいないということだな。もっとも、この世界の基準からすればさほど小さい村というわけでもないのかもしれんが。
柵で囲われた村の周囲には、結構な範囲にわたって畑が広がっている。あちこちに家が点在しているから、これも村の人口に含めればそれなりの数になるかもしれない。
近づくと、畑で働く人間たちの姿が見えてくる。いや、人間に混じって、ふさふさした尻尾を生やした男がいるぞ? なるほど、あれが獣人か。ほとんど人間と変わらんな。
ちらりとジャネットの方を見ると、けわしい表情ながらも暴発する気配はなさそうだ。
「……案外、あたしらと変わんないもんだねえ、見た目は」
ぼそりとつぶやく。それは俺も同感だ。遠目には尻尾以外違いがわからない。
「まあ、見た目が似てるからって信用はできないけどね」
「それは実際に会ってみればわかるだろうさ」
「ああ、そうだね。もし妙なマネでもしようってもんなら、すぐにぶった斬ってやるさ」
そうならないことを祈りたいものだ。
道の脇にある掘っ立て小屋に近づくと、そこにいた見張りらしき男が俺たちに声をかけてきた。
「あんたたち、この村に何か用かい?」
「ああ、駐在騎士のディックにサラとリセが来たとでも伝えてくれないか?」
「騎士様に? わかったよ、ちょっと待っててくれ」
そう言って、見張りの一人が村へと入っていった。
しばらく待っていると、一人の騎士がえらい勢いでやってきた。
「で、殿下ぁ!? ホントに殿下だ! いったいなぜこんなところへ!?」
「すまんな、驚かせてしまって。少しこの村を視察したくてな」
「視察、というのは、魔族たちのことですか?」
「そうだ。彼らの代表がいれば、会って話をしたいのだが」
「そうでしたか、わかりました。それでは村長のところへご案内いたします。魔族の族長も連れてまいります」
「ああ、よろしく頼む」
「それでは皆様、こちらへ」
そう言うと、騎士は俺たちを村の方へと案内した。
見張り小屋から先へ進むと、畑のいたるところで人間と獣人が働いていた。よく見れば、尻尾だけではなく頭にも耳が生えている。ふむ、これなら猫耳娘にも期待が持てるな。
ただ、獣の種類は一種類ではないようだ。猫、犬、キツネ、オオカミといろいろな種類の獣人がいる。獣人同士混血が進んでいるのだろうか。
畑では子供たちも畑仕事に精を出している。うむ、子供の獣人はなかなかにかわいらしいな。
サラも同じことを思ったようだ。
「人間も獣人も、子供はかわいいものだな」
「そうだな。まあ、カナにはかなわんが」
「また始まったか。否定はしないさ」
「……子供のころから凶悪なツラしてたんじゃたまんないさ」
どうやらジャネットも、獣人の子がかわいいことは否定しないようだ。
しばらくして、他より大きな家の前に着いた。ここが村長の家なのだろう。
中に通されると、俺たちは客間らしき広い部屋へと案内された。ついこないだまで魔族に支配されていたからだろうか、飾り気の一切ない殺風景な部屋だ。
そんな部屋で、俺とサラ、ジャネットとリセは獣人の代表がやってくるのを待った。