130 魔族の内情
城の一室には、いつになく険悪な空気が流れていた。
今は黙っているものの、ジャネットが納得いかないといった顔でサラを睨みつけている。そして程度の差こそあれ、俺も彼女の発言には不信を抱いていた。
魔族とコンタクトを取る、サラはそう言った。なぜだ、魔族は全て殺すべき対象だろう。そんな連中と、なぜ接触をはかる必要がある?
俺たちの不信の目にさらされながら、サラが口を開いた。
「まずは話を聞いてほしい。こんなことを私が口にするのは、どうやら魔族も一枚岩ではないらしいからなのだ」
「と言うと?」
「先ほどの魔界での人間の扱いもそうだったが、一口に魔族といっても、その考え方には大きな違いがあるようなのだ」
「ふむ、そういうことか」
サラの言葉には俺も思い当たる節がある。あの死霊の森で出会った老人、奴もそんなようなことを言っていた。もっとも、あくまでも人間だろうと使える奴は利用する、といった感じだったが。
「中には人間同様に奴隷的な扱いを受けている種族もいるようでな。そういう種族はだいたいにおいて穏健な種族であったり、人間と融和的な種族であるようだ」
「ちょっと待て、サラ」
俺はそこでいったん彼女の話をさえぎった。
「今のお前の発言、気になる点が二つある」
「ああ、気になるところがあるなら聞いてくれ」
「まず一つ目、連中に階級なりなんなりがあって、仮にその下の連中は不満を持っているとして、そいつらが信用できる連中とは限らない。むしろ俺には限りなく信用ならない連中にしか思えないのだが」
「それに関しては、一概には言えないな。ケースバイケースで調べていく必要があるだろうが、信用できないならばそれはそれで使い道もある。いずれにしても情報は必要だ」
「まあ、それはそうだろうな」
俺もそれにはさほど不満はない。不満分子どもがいるのであれば、適当にエサをちらつかせて蜂起させるなり何なりして、用がすんだら始末すればいいだけの話だからな。
だが、サラの話はそれよりもさらに一歩踏みこんでいるような気がする。彼女はもっと積極的に魔族との連携をはかっているように思われるのだ。その根拠の一つが、先ほどの発言なのだろうが……。
俺はそこを問いただす。
「それでは二つ目だ。先ほどお前は、魔族の中に穏健な種族や融和的な種族がいると言っていたが、その情報はどこから手に入れた? まさかとは思うが、単に魔族どもがそう言っているというだけで信用したのではあるまいな?」
「そのことについてなのだが、お前たちに知っておいてもらいたいことがある」
そう言うと、サラが声をひそめた。どうやら重要な話のようだ。
「先の戦いの後、奪還した領土に人間の集落がいくつか存在していたという話はしたな?」
「ああ」
「実はその中に、魔族と人間が共存している集落があったのだ」
「な……!」
あまりの驚きに、思わず声が詰まる。隣を見れば、ジャネットも驚きで声が出ないといった様子だった。
「その集落は他の魔族に隷属していたらしく、魔族も人間も皆奴隷労働を強いられていたのだそうだ。それに……」
「ちょっと待ちな! そいつら魔族なんだろ!? どうやって人間と仲よくやるってのさ? だいたい、魔族と仲よくやるような人間なんて信用できるわけないじゃないのさ!」
「落ち着け。我々も何度か人を派遣したが、彼らには敵対の意思はなく、魔界のことについてもいろいろと情報提供してくれているのだ。それに、ぱっと見た目では人間とそれほど変わりがないらしく……」
そこまで聞いて、俺はある大事なことを失念していたことに気づいた。そうだ、俺はなぜこれを忘れていたのだろうか。
「サラ、一つ聞きたいのだが、彼らはどのような容姿をしているんだ?」
「うん? ああ、彼らは一見ほとんど人間と見た目が変わらないのだが、一方で猫や犬のような耳や尻尾を持っているのだそうだ。奴隷階級ということで、衣服は粗末なものだそうだが……」
途中から、サラの話は俺の耳に入ってこなかった。
何てことだ、俺としたことがなぜこんな大事なことを失念していたのか。ここはファンタジー世界、であるならば、当然あの種族がいるはずではないか。やはりいたのか、猫耳メイドを筆頭とする、ファンタジーには欠かせないあの種族。
サラが話し終わるタイミングを見計らい、俺は彼女に聞いた。その種族は……獣人族なのではないか、と。