129 魔界潜入の目的
サラの様子が、何だかおかしい。
前々から言われていた魔界の潜入調査の説明ということで王城に呼び出された俺たちだったが、部屋に通された俺たちを待っていたのは落ち着かない様子のサラであった。
「き、来てくれたか、ありがとう」
「あ、ああ」
気のせいか、俺と目を合わせないようにしている気がするんだが……? 俺もこの前のパーティーで無様に気絶させられた手前、少しやりにくい感じがある。
今日はオスカーやシモンがいないせいもあって、クッション役になってくれる奴もいそうにない。後ろに控えているリセにそんな役は期待できないしな。
微妙な空気のまま席に着くと、サラが口を開いた。
「そ、それではさっそく今度の仕事について説明しようか」
「あ、ああ、頼む」
「サラ、今日はどうしたんだい? 調子でも悪いのかい?」
「そ、そんなことはない! 私はいたっていつも通りだ!」
ややむきになって答えると、サラは机の上に地図を開きながら言った。
「まず、今回の任務はこの前も話した通り少数精鋭で行う。具体的には、今この部屋にいる私たち四人だ」
「ああ、それは聞いている」
俺がうなずくと、ジャネットがどこか凶暴な雰囲気のある笑みを浮かべた。
「それで、潜入してどうするんだい? 敵のアジトをぶっ潰して、魔族どもを皆殺しにするのかい?」
「まあ待て。それをこれから説明する」
そう言うと、サラが俺たちの顔をみつめた……が、やはり俺とはあまり目を合わせようとしない。こんな態度を取られると、さすがの俺も少しばかり不安を感じなくもない。
「今回の潜入調査の目的は、大きくわけて三つだ。まず一つ目、これは単純だ。敵の現在の勢力範囲、兵力、地形などの情報を集めたい」
サラが地図の上を人さし指で丸くなぞる。王国のやや南方、魔界との境界のあたりだ。
「ごく普通の偵察任務だな」
「まあ、そうなるな」
そっけなく返事をすると、サラがやや前のめりになる。
「重要なのはここからだ。二つ目、今回我々は、この領域に人間の集落があるかどうか確認をしたい」
「人間の集落?」
「そうだ。前回の会戦で我々が領土を奪還した時、いくつかの集落も見つかっていてな。連中も必ずしも人間をただ殺し尽くしているわけではないようなのだ。もっとも、見つかった集落での人間の扱いも様々だったがな……」
サラが露骨に不快そうに綺麗な顔をしかめる。
「様々?」
「労働力を補うための奴隷として扱われていた集落はまだいい。中には、人間を家畜同然に扱うへどが出そうな集落もあったそうだ」
怒りに震えるサラの声に、俺も何となくその扱いを察する。おそらくは性奴隷、いや、家畜ということは文字通り人間を食料として飼育していたのだろう。この俺でさえ胃のあたりがむかついてくるのだ、サラの怒りももっともなことだった。
「そのような集落があれば、我々は一刻も早く彼らを解放しなければならない。もちろんその場ですぐとはいかないかもしれないが、本格的に軍を動かす際にはただちにその集落へと兵を向ける」
「それがいいだろうな。単なる奴隷であればすぐには殺されないだろうし、切羽詰まっていそうなところがあれば俺たちで処理すればいい」
「そういうことだな。まあ、そう都合よくはいかないかもしれないが……」
「任せな、ヤバそうなところはあたしがさっさと皆殺しにしてやるからさ」
「ふっ、その時は頼りにさせてもらうぞ」
そうジャネットが笑うと、サラも不敵な笑みで応えた。
それから、一転して神妙な面持ちになると慎重に語り始める。
「最後に三つ目だが……。これが最も重要だ。今回、我々は一部の魔族とコンタクトを取れないか模索するつもりでいる」
魔族とコンタクト? サラの意外な言葉に、俺は驚きもあらわに問う。
「それは……魔族と手を組む、ということか」
「そこまではまだわからん。だが――」
「ちょっとサラ、あんた何言ってるんだい!」
当然ジャネットが立ち上がり、興奮した様子で叫んだ。
「魔族と手を組む!? あんた、そんなことが許されるとでも思ってるのかい!?」
「待てジャネット、まだ話が――」
「魔族なんて、みんなぶっ殺してなんぼだろ!? あんた、まさか人間を裏切るつもりなのかい!?」
「落ち着け、ジャネット。まだサラの話が途中だ」
「だけどリョータ! サラは――」
「ジャネット」
俺が睨みつけると、ジャネットも渋々ながら席に着いてむっつりと黙りこむ。まあ、何とか黙らせることはできたみたいだ。
だが、魔族とコンタクトを取る、だと……? 俺自身、魔族などは全て狩り尽くすべき害虫だと思っているので、正直理解が追いついていない。
サラ、お前はいったい何を考えているのだ……?