128 書斎にて
死霊の森から帰った翌日の午後、俺は屋敷の一室にこもっていた。
この部屋は書斎として使っており、俺が手に入れた書物などを保管している。そこで今、俺は巻物にいろいろと知っていることをペンで書きこんでいた。
しかし、今日はどうも集中できん。昨日の老人のことが頭をよぎってしまう。
奴め、いったい何者だったんだ? 先日サラの剣技に舌を巻いたばかりだというのに、まさかさらにその上をいく者がいようとは。今までに葬ってきた自称上級魔族どもとは一線を画する男だった。
だが、奴の話からいろいろなことがわかった。少し整理してみようか。
まず、人間の中にも魔族につく者がいるようだ。逆に言えば、魔族は問答無用で人間を狩っているわけではないということか。もっとも、それは力のある人間や使える人間に限った話なのだろうが。
しかし、そうなると少々面倒なことになるかもしれんな。どこの国にも属していない上位クラスの冒険者もそれなりにいるからな。Sクラスの連中が魔族どもについていたりすれば、それはかなりやっかいかもしれん。
魔族側につく人間もいるのなら、スパイも普通にいるのかもしれないな。というか、身元のよくわからない俺など、実はかなりあやしくないか? まあ、俺はサラの目の前で上級魔族の首も取っていることだし、スパイとあやしまれる心配はないだろうが。
次に、魔族の中には人間界に興味を持つ者もいるらしい。あの老人が四魔将のメデイラがどうだとか言っていたが、そいつは人間界にもちょっかいを出しているようだ。
そう言えば、以前邪教徒どもを一掃した時に奴らが言っていた魔族がメデイラじゃなかったか? なるほど、確かに言われてみれば魔族とかかわりのある人間は意外と多いな。
最後はまだ未確定事項だが、人間と見分けのつかない魔族もいるようだ。あの老人が魔族ならの話だがな。どうも考え方も人間に近かったような気がする。奴が特別なだけだろうか。
しかし、あの老人が敵に回るとなるとサラも大変だな。俺はまだ見たことがないが、SSクラスの冒険者はあのくらいの腕前なのだろうか。まあ、いざとなれば俺の奥義で葬るまでのことだが。
あー、でも俺の倍の敵を倒したのはムカつくなー。サラやジャネットの剣はいろいろ参考になるが、あれはダメだ。マネのしようがない。あー、ムカつくなあ。
もういい、奴のことは忘れよう。俺にはやることがあるんだ。
気持ちを切り替え俺がペンを動かしていると、部屋の前に人の気配を感じた。
かと思うと、ノックもそこそこにジャネットが入ってくる。おいおい、俺はまだ入っていいとは言ってないぞ。まあ、鍵をかけてない時は別に入ってもらって構わんのだがな。
「リョータ、今日は一日中こんなとこで何やってんのさ」
「まあ、いろいろとな」
黙々と手を動かす俺の後ろに回りこむと、ジャネットが俺の書いている文に目をやる。
俺は今、以前中学・高校で習った事柄を羊皮紙に書きこんでいた。しばらく前、懐に余裕ができてきた頃から密かにずっと続けている作業だ。主に理数系の公式や法則を中心に、地歴や政経なども書き留めている。
学校で習っていた時は何とも思っていなかったが、特に理数系の知識は人類の叡智とも言うべきものだからな。俺の転移魔法は力学がベースになっているので、力学系の公式はかなり早い時点でメモしたものだ。
何せ俺が忘れてしまえば、もうその知識はこの世界から失われてしまうからな。いくら俺が超越者だとはいえ、一からニュートン力学を組み上げることができるなどとはさすがに思っていない。
俺がネットで読んだラノベのように完全記憶のスキルでも持っていればこんな苦労をせずに済むのだがな。残念ながら俺は神そのものではないので、こういう泥臭い作業でカバーするしかないのだ。
「はあ~、何だいこりゃ? あたしにゃちんぷんかんぷんだよ」
「まあそうだろうな」
「こりゃ魔導書か何かかい? カナにでも見せれば読めるのかねえ」
「いや、無理だろうな」
こちらの書物も読んでみたが、そもそも数式の記号からしてほとんど種類がないようだったしな。だいたい俺たちの世界にしてからが、例えば今の微積分の記号や表記はライプニッツの登場を待たなくてはならなかったのだが。
というか、高校数学の内容なんて、日本人だってほとんどの者がわかってなさそうだが。分数計算のできない大学生がネタにされるくらいだしな。
ジャネットが感心したように言う。
「リョータって、ホント頭いいよねえ。いっそ学者にでもなったらどうだい?」
「まあ、それもいいかもしれんな」
そう褒められると悪い気はしない。これでも向こうにいた頃は、東大京大とまでは言わんが旧帝大クラスの国立を志望していたわけだしな。
だが、うん、学者か。それは本当にいいかもしれんぞ。俺が研究を進めて、カナが助手か。カナはできる子だからな。きっと勉学の方もよくできるに違いない。そうだ、きっとそうだ。なぜならカナはこの俺、リョータ・フォン・クロノゲートの被保護者なのだからな。
「……おーい、リョータぁー?」
「むっ、何だ、何かあったのか」
「何かあったのか、じゃないよ」
俺の目の前で手を振るジャネット。失礼な奴だな、それではまるで俺が一人自分の世界にトリップしていたみたいではないか。
「とりあえずおやつできたからさ、下でお茶でもしようよ」
「そうだったか。では行くとしよう」
「今日もまるであたしみたいにあま~くできてるからさ、楽しみにしなよ」
「そうか」
ジャネットが甘いかどうかはともかく、甘いのはいいことだ。俺のように常に頭を使っている人間にとっては糖分は欠かせないからな。糖質制限ダイエットなどくそ食らえだ。
ペンを置くと、俺はジャネットとともに一階へと降りた。
MFの二次選考は残念ながら落選してしまいました。応援ありがとうございました。ストーリーは次回から、少し新展開になっていくと思いますので、よろしくお願いします。
糖質制限は、ごはんやパンの量を少し減らそうか、くらいがちょうどいいかなと個人的には思っています。