125 姫騎士の後悔
ああもう、何をやっているんだ、私は!?
リョータたちとささやかなパーティーを開いた翌日、私は自室で一人頭を抱えていた。
ありえない。ありえないありえないありえない。こともあろうに、ジャネットやレーナといっしょになってリョータに抱きつき、しまいには彼を気絶させてしまうなど……。
リョ、リョータもリョータなのだ。あのくらいのことで気絶するなんて、男のくせに何てだらしないんだ。だいたい、私の目を盗んでレーナと抱き合うなど、破廉恥にもほどがある。
……どう考えても破廉恥なのは私ではないか。王国の第三王女でありながら、レーナやジャネットの振る舞いに動揺して自ら男に抱きつくなど。おまけに男がそのままのびてしまったなど、他人に言えるはずがない。
こうして自分の頭をかきむしるのも、今日はこれで何度目だろう。結局あの後、我にかえった私たちはそのまま会をお開きにし、私は気絶したままのリョータを送るための馬車を手配したのだった。
いったいどんな顔をしてあいつに会えばいいんだ? リョータがそういうことをいつまでも気にするような男ではないことはわかっている。わかってはいるが、私の気持ちがどうにも収まらない。素直に謝れば許してもらえるだろうか。否、私の心が収まってくれるだろうか。
結局、これも渡せなかったしな。
私は机の上に置かれた包みへと目を落とす。聖剣のお礼にと私が用意した品だ。結局、これを手渡すこともできなかった。想像を絶する自分の間抜けさに、私は思わず机に突っ伏す。
近頃、あいつのことを考える時間が長くなったような気がする。
元々、リョータのことはよく考えていた。何せ、この私を遥かに超えた力を持つ男だ。騎士として、奴のことを意識しないはずがない。
これでも私は史上最速・最年少でSクラスに昇級した天才として世間に知られていた。私自身、自負もあった。その私が、魔界四魔将の前には赤子も同然だったのだ。
そんな私を、あの圧倒的な力で救ってくれたのがリョータだった。あの日以来、私は常にリョータの背中を追いかけ続けている。来る日も来る日も、私はただあいつに追いつきたい一心で稽古に明け暮れた。
だが、彼と共に戦えば戦うほど、私は彼との力の差を痛感させられた。それでも剣だけは、せめてこれだけは彼を超えたい。そして、彼の力になりたい。
その気持ちが伝わっていたのか、ある日リョータは私に一振りの剣を与えてくれた。その剣は彼がわざわざ私のために創ってくれたのだと言う。剣は私の手によくなじみ、私をさらなる高みへと引き上げてくれた。
そして、先日の手合せだ。思えば、リョータとはあれが初めての手合せだった。
今まで追いかけ続けてきた彼の力を間近にし、私の全身に戦慄が走った。目の前にして初めてわかる彼の力。その圧倒的な力を前に、私の身体は恐怖と、そして歓喜に打ち震えた。
あの時、私はためされていたのだと思う。私が剣の持ち主にふさわしいのか、リョータの剣にふさわしいのか。そして、己の壁を超えられるのか。私は全てを投げ打ってその壁に挑み――超えた、と思う。
あの戦い以来、私はこれまで以上に自分の内に彼の存在を意識するようになった。今までと違うのは、リョータのことを考えると頭が、身体が妙に熱くなることだろうか。心臓の鼓動も速くなる。それは、あの戦いの時に感じた恐怖と悦びに近似しているように思われた。
昨日のパーティーでも、私はつとめて平静を装っていたが、その実心臓は早鐘のように打ち、その音が誰かに気づかれはしないかと気が気ではなかった。顔が赤くなっているのを悟られぬよう酒をあおり、酔いが回ってさらに身体がほてり……。しまいにはジャネットにからかわれて逆上し、自制心が働かなくなったままリョータに……。駄目だ、最悪だ。私にはまだ彼の剣になる資格などない……。
「ああああ! もう!」
机から跳ね起きると、私はそのままのけぞりながら両手で頭を抱えた。駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ! まずはこの気持ちをどうにかして収めなければ。
ふと見ると、リョータに渡しそびれた贈りものが目に入る。そうだ、まずはとにかくこれを手渡そう。全てはそれからだ。
だが……。リョータは本当に、これで喜んでくれるだろうか……。私はプレゼントに目をやりながら怖気づく。その不安と恐怖は、もしかするとこの前の戦いで感じたそれをも凌駕していたかもしれない。パーティーで渡せなかったのも、あるいはその恐怖が原因であったかもしれなかった。
私は――逃げない。この恐怖も、必ず乗り越えてみせる。自分のためにも……そして、リョータのためにも。
リョータ、喜んでくれるといいな……。私は包みを手にしながら、一人ほほえんだ。