121 視察を終えて
控室に戻ると、さっそくジャネットがサラに聞いた。
「なあ! さっきの技、あれは何なのさ! まさかリョータに勝っちまうなんて、とんでもないねあんた!」
「勝てたのはたまたまさ。というよりも、リョータが私に合わせてくれたのだ。そうだろう、リョータ?」
「あ、ああ。その通りだ」
頼む、その話はもう終わりにしてくれ。本気ではないにせよ、俺は素で負けてしまったのだから。お前がまっすぐな目で俺を見るたびに、いちいち背中が羞恥で熱くうずく。
「技の方は以前から練習していたのだ。まだ未完成の部分はあるが、どうやら実戦でも使えそうだ。まあ、さっきのはリョータが手加減してくれただけだろうから、早く完成させないといけないがな」
だから手加減とか言わないでくれ。マジで恥ずかしいから。というか、いっそもう「さっきは本気でした」と言ってしまおうか?
だが、今さらそんなことを言い出せる雰囲気ではない。サラの中ではもうすっかりストーリーができあがってしまっている。くっ、さっさと言っておけばよかった……。
「あれでもまだ未完成なのかい!? たまげたね、完成したらどうなっちまうってんだい!」
ジャネットがやや大げさに驚く。まったくだ、あれでまだ未完成だと? だったらそれに負けた俺はいったい何なんだ。いや、さっきのは本当の本気ではなかったがな。
そんなジャネットに、サラは笑いながら言った。
「そうだな、その時はまたリョータにお披露目するとするさ。少しでも本気を出させることができればいいんだがな。頼めるか、リョータ?」
「う、うむ。もちろんだ」
マジか!? 嫌だぞ俺は! あれよりヤバいのが来たら、俺は転移なしでしのげる自信なんてこれっぽっちもないぞ!? だいたいさっきのだって、俺はそこそこ本気だったんだからな!
お、落ち着け俺。それまでに何か対策を考えておけばいいだけのことだ。そうだ、大丈夫、俺ならできる。うん、大丈夫。
俺が必死に自分を落ち着かせている横で、ジャネットは能天気に言った。
「サラもあんな技持ってるんだし、ここはいっちょあたしもつくってみようかねえ、必殺技。リョータ、あたしにゃどんなのが合うと思う?」
「自分の技なのだ、自分が一番よくわかるだろう」
「ちぇっ、やっぱり自分で考えなきゃダメかい」
当たり前だ。というか、知るかそんなこと。俺は今考えごとで忙しいんだ。
自分の思考に没頭していると、サラが声をかけてきた。
「ところでリョータ」
「む、何だ」
「前に言っていた私的な祝勝会だが、日時はこちらで決めていいか?」
「ああ、構わん。適当に決めてくれ」
そういえばそんな話をしていたな。しかし城での祝勝会に叙任式の祝賀会、そして今回の祝勝会と、最近はパーティーばかりだな。
「店は前の店でいいか?」
「ああ、あの店は俺も太鼓判を押すぞ」
「お前があの店にかかわっていたとはな」
そうこう話しているうちに、俺は一つ思いついた。
「そうだサラ、そのパーティーにレーナも呼んでいいか?」
「レーナ? もちろんだ、一向に構わんさ」
「もう一つ頼みがあるんだが、今回はドレスパーティーにしてもらってもいいだろうか」
「ドレスパーティー? 構わんが、急にどうした?」
「レーナがせっかくのドレスを着る場所がないと言っていたのでな。ならば俺たちで用意すればいいと思ったのだ」
「なるほど、そういうことか。ならばこれからは定期的にパーティーをするのもいいかもしれんな」
そう言ってサラが笑う。
「ところで、ジャネットはそれでいいのか? ドレスなど窮屈なのではないか?」
「あ、あたしだってドレスくらい着るさ。心配ご無用だよ」
「そうか、ならいいんだ。それでは次回はそういうことにしようか」
「ああ、よろしく頼む」
うむ、これでさっそくレーナにドレスを着せてやることができるな。さすがに今回はちゃんとサラがいることを伝えてやろうか。それはそれでどんな顔をするのか楽しみだ。
それはそれとして、ひょっとしてカナはサラに負けた俺のことを情けないと思ってはいないだろうか。いや、大丈夫だ、あれは空気を読んだ俺がサラに花を持たせてやっただけなのだから。俺が勝ってしまったら周りの連中が困ってしまうだろうしな。
うん、そうだ、それでいこう。カナにも少し「空気を読む」ということを教えてやらないとな。大人というのは大変なのだ。
その後しばらくして、視察を終えたサラが帰っていくのを見届けると、俺たちも学校をあとにした。