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120 羞恥の炎





 空が青い。細長い雲が結構なスピードで流れていく。


 そんな俺の耳に、どっと湧き上がった生徒たちの歓声が聞こえてきた。くそっ、俺が負けたのがそんなに嬉しいか。


 さっきのサラの技、あれは本当に人間の動きなのか? まさかとは思うが、あいつもチート持ちの転生者だったりしないだろうな? ……いや、それはないか。


 しかし、俺としたことがまさかの不覚をとってしまった。くそっ。なんなんだ、あの技は? 思わず素で転移してかわすところだったぞ。それをしなかった結果がこのざまなわけだが。


「リョータ」


 仰向けに倒れたままの俺に、サラが手を差し伸べてきた。その表情は実に晴れやかだ。くそっ、本当ならお前がこうして地に這いつくばるはずだったのに。これでは完全にただの道化、お前の引き立て役ではないか。


 サラの手を借りて立ち上がると、だが彼女はなぜか俺に礼を言ってきた。


「ありがとう、リョータ。私がここまで強くなれたのも、お前という目標がいたからだ。これからもよろしく頼む」


「あ、ああ」


 よく状況が飲みこめないままに握手すると、生徒たちから大きな拍手が送られる。


 ……よく考えてみると、俺はまるっきり悪者じゃないか? 俺はずっとこいつを叩き潰すことしか考えていなかったというのに、こいつはまるで困難を乗り越えた勇者みたいじゃないか。おかしい、こんなはずではないぞ。


 というか、何だか自分が恥ずかしくなってきたぞ? さっきから俺はこいつに恥をかかせるだの何だのと、これじゃまるっきり小物じゃないか。違う、俺は断じてそんな小物ではないぞ。


 一人恥ずかしさに身を焼いている俺に、サラはさわやかな笑顔で言った。


「今の戦い、お前は私をためしてくれたのだろう?」


「ためす?」


「ああ。いつもの私の力では絶対に勝てないが、限界を超えることができればあるいは勝てるかもしれない、そんなぎりぎりの強さで戦って私の力を引き出してくれたのだろう?」


「う、うん……? う、うむ、その通りだ。さすがはサラ、気づかれてしまったか」


 そうだ、俺は彼女をためしていたのだ。なまじっかな力ではサラの真の力を引き出せないからな。だから俺も少しだけ本気を出して、彼女が乗り越えるべき壁の役割を演じていたのだ。そうだ、そうだった。そういうことにしておこう。


 滝のように汗を流す俺に、サラが笑いかける。


「まったく、お前はこんな時でも私のことを気にかけてくれるのだな。そうとわかれば、私もお前の気持ちに応えないわけにはいかなくなるではないか」


「そ、そうだな。わかってくれて嬉しいぞ」


 サラが感謝の言葉を口にするたびに、俺は恥ずかしさに背中のあたりが焼けるように熱くなる。顔から火が出そうだ。汗が止まらない。


「どうしたリョータ、ひどい汗だぞ。調子でも悪いのか?」


「いや! 大丈夫だ、気にしないでくれ」


「そうか? それならいいのだが」


 頼むから俺の顔をそんなまっすぐな目でのぞきこまないでくれ。今お前の顔を見ると、全身が燃え上がりそうになってしまう。


 俺が羞恥の炎に悶絶していると、カナが花を持ってこちらにやってきた。多分生徒代表で花を渡してくれるのだろう。


「サラ、はい」


「ありがとう、カナ。私たちの戦いはどうだった?」


「かっこよかった」


「そうか、ありがとう」


 ほほえむサラに無表情にうなずくと、カナは俺の方へとやってくる。


「リョータ、はい」


「うむ、ありがとう。どうだ、俺はかっこよかったか?」


「……」


 な、なぜ黙っている? 俺は不安になってカナの顔をのぞきこむ。


 いつにもまして無表情なカナの瞳には、俺の姿が映って、いる……!?


「う、うわあぁぁぁっ!?」


 俺は思わず大声を上げて尻もちをついた。今一瞬、カナが俺の心を読んでいるような気がしたのだ。サラに恥をかかせようとしてまんまと返り討ちにあった、そんな卑劣で薄汚い心を。ま、まさか、そんなバカな。いや、だがしかし、ひょっとしてそんな力がカナにはあるのか……?


 カナは変わらず俺を無表情にみつめている。俺は必死に弁解をこころみた。


「ちっ、違う! 違うぞカナ! 俺はサラの力をためそうと思って少し本気を出しただけだ! 決して意地悪をしようと思ったからじゃないぞ!?」


 尻もちをついたまま慌てふためきながら訴える俺を、カナは黙って見下ろしてくる。


 そして、小さな手のひらで俺の頭をなで始めた。


「リョータ、偉い」


「カ、カナ……」


 やっぱりカナはわかってくれるか、俺のことを。やばい、ちょっぴり涙が出そうだ。うんうん、お前は絶対に俺が守ってやるからな。


「……リョータ、そろそろ立ったらどうだ?」


 あきれたように俺たちを見るサラ。い、言われてみればこの絵はあまりよろしくないな。尻もちをついたまま幼女に頭をなでられるなど、いらぬ誤解を生まないとも限らない。


 再び恥ずかしさに身を焦がしながら、俺はすっと立ち上がるとカナから花束をスマートに受け取った。軽くカナの頭をなでてやると、カナはとことこと生徒たちの方へ戻っていく。


 と、後ろからジャネットの声が聞こえてきた。


「サラぁ~。あんた、そこまでリョータに本気だったのかい……。すごいよ、見直したよぉ……」


 ……なぜ泣いているのだ、こいつは? これにはさすがのサラも、困惑の表情を浮かべている。


「ジャ、ジャネット? 落ちつけ、私はただリョータの気持ちに応えただけだ」


「ひっく、あたしだって負けないんだから! 気持ちでも腕でも負けるもんか! リョータ、今度はあたしにも稽古つけとくれよ! このまま姫騎士様にリードされてたまるもんかい!」


「ちょっ、待てジャネット! お前は何か誤解しているぞ!? わ、私は別に……」


 ……何だか新たな争いが始まったぞ? 生徒たちは俺たちの方をじっと見たままだし、これはこれで恥ずかしいな……。今日はどうしてこうも立て続けに恥ずかしいことが降りかかってくるんだ。




 二人のやり取りを何とか収め、生徒たちから拍手をもらうと、俺たちはそこを後にした。




MFブックス&アリアンローズ 第2回ライト文芸新人賞 MFブックス部門において、本作と私が投稿している『一年遅れの精霊術師』が無事一次選考を通過しました。『転移魔法』はこれが二度目の一次通過ですが、今回はどこまでいけるでしょうか。


今後も『転移魔法』をどうぞよろしくお願いします。

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