119 姫騎士の誓い、そして奥義
突如二人に増えた俺を見て、サラが思わずうめく。
「ど、どういうことだ、これは……? 幻覚なのか……?」
「クロノゲート闘術奥義、双身剣。この技を見せるのはお前が初めてだ、サラ。光栄に思うがいい」
にやりと笑いながら俺はサラに言う。
もちろん、本当に分身しているわけではない。二つのポイントに高速で交互に転移してそう見せかけているだけだ。周りの反応を見るにインパクトは絶大なようだな。
制御が大変かとも思ったが、術式でアルゴリズムを組んでおいたおかげで意外とそうでもない。俺もだいぶ自分の力の使い方がわかってきたところだ。
それぞれのポイントには本来の半分の時間しか俺は存在していないので、光の性質上俺の姿はややぼんやりと薄く見えているだろうな。それがまた幻術のように見えるのかもしれない。
俺の言葉に、サラはなぜか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうか、私が初めてか……。では、私はその壁を乗り越えさせてもらう!」
そう叫んで、サラは俺の方へと突進してきた。そこに躊躇は感じられない。さすがは王国が誇る姫騎士だ。俺もその場でサラを迎え撃つ。
左右のうち左側へと渾身の一撃を叩きこんだサラであったが、剣と剣がぶつかり合う瞬間、俺の姿がサラの目の前から消える。右から斬りかかってきた俺の剣を、サラは身体をひねってからくも回避する。
態勢を立て直したサラの前で、俺は再び分身してみせた。サラは再び俺に向かってきたが、ややためらいが生まれたのか、左側に斬りこむその剣が先ほどよりもわずかに鈍い。
それを見逃す俺ではない。右側を消しそのまま左側に現れると、俺はサラの剣を難なく弾き返して攻勢へと転じた。もしかして、俺が剣でサラを押すのは初めてなのではなかろうか。
実のところ、この技は剣を交わす時には一人に戻らざるをえないのだから結局はハッタリと目くらましにすぎない。すぎないのだが、俺たちほどのレベルともなればわずかな判断の遅れやためらいが戦いに大きな影響を及ぼしてくる。現に今、俺はあのサラに対して圧倒的な優位を築きつつある。
そうは言っても、この技は単なるハッタリというわけでもないのだがな。姿が二つ見えているものの、この技は事実上転移魔法をもろに使って戦っているようなものだ。右から左、左から右へと相手の隙がある方に出現しているのだからな。
そう考えてみると、半分転移魔法で戦っている俺を相手にここまでがんばっているサラはやはり凄いと言わざるをえない。俺が神から授かった転移魔法というチートを前に、彼女は己の力だけで正面から対抗しているのだ。ただの人の身でありながら、修練のみでこれほどの高みに達することができるというのか。
鍛錬を積み重ねるのがいかに困難かは、学歴社会の真っただ中に身をおいてきた俺もよく知っている。ネットラノベを読み漁っていた俺が言うのも何だが、実際にはラノベに登場するようなニートや無職が赤子に転生したところで、努力を続けることなどできはしないのだ。というより、赤子のころから努力を続けられるような人物ならば、そもそもぬるい受験勉強や学歴社会ごときでドロップアウトすることもないだろう。
えてして才のある者というのは、凡人には想像もできないほどの鍛錬を日々繰り返しているものだ。サラなどは、俺であれば気が狂うほどの鍛錬を今日この時まで積み上げてきたに違いなかった。それは俺には決してまねのできないことだ。純粋に尊敬するよ、サラ。
もっとも、この俺をこけにした罪はつぐなってもらうがな。それとこれとは話が別だ。たまには公衆の面前で大恥をさらすというのも、お前にとってはいい経験だろう。
お前はしょせん人の世界の理の中で生きているにすぎんのだ。俺は神より力を授かり、この世界の理を超越した存在。俺を倒したくばお前も理を超えるしかないだろうが、畢竟お前はただの人間だ。お前と俺の間にある、絶対に越えられない壁というものを思い知るがいい。
右に左にと的をしぼらせない俺の攻撃に、さすがのサラも相当疲労が蓄積してきたようだ。俺も別にお前を痛ぶりたいわけではない。その剣に敬意を表し、そろそろとどめをさしてやるとしよう。
再び二人に分身すると、俺はサラに言った。
「お前はよく戦ったよ、サラ。だが、さすがに俺が相手では分が悪かったようだな。上には上がいるということ、お前も身をもって知ることができただろう」
「ああ、確かにお前の言う通りだな」
さぞ悔しがるだろうと思っていたのだが、俺の予想に反してサラは素直でまっすぐなまなざしを俺に向けてきた。
「お前は強い。私など及びもつかないほどにな」
「そ、そうだ。よくわかっているじゃないか」
「だが、私もいつまでもお前の強さに甘えているわけにはいかない。私だってお前の力になりたいのだ」
「お、おう……?」
な、なんだ? 話が妙な方向に向かっているぞ? 俺はお前を生徒たちの前でこてんぱんにして泣きべその一つもかかせてやろうと思っていたのに、なぜ今そんな話を始める?
困惑する俺をよそに、サラの語りはさらにヒートアップした。
「この剣をお前から受け取った時、私は誓った! 私はお前の剣になろうと! そのためにも、今私はお前という壁を超える!」
「そ、そうか、いい心がけだ。できるものならばやってみるがいい」
こ、こう言っておけばいいのか? サラが見せる謎のやる気に、つい俺も空気を読まなければとつられてしまう。
俺の返事が正解だったのか、サラは俺に向かい金色の獅子のごとく吠えた。
「いくぞリョータ! これが今の私の全力だ!」
二人の俺のちょうど真ん中に猛然と突っこんできたサラが絶叫する。
「奥義・万剣繚乱――ッ!」
その声と共に、サラの左腕がさながら何十本もの鞭がしなるかのように残像をともないながら、二人の俺を同時に襲ってきた。以前サラが四魔将戦で見せた技をはるかに上回る、超高速の連撃による多方面同時攻撃。こ、これは――さばき切れん!
「ま、まさかサラ、お前は超越者であるこの俺を、いや、この世界の理すら超えてみせるというのか!」
「世界の理など私にはわからん! 私はただ、自分の中の壁を超えていくだけだ――ッ!」
「ばっ、バカなぁぁ――ッ!?」
全方位から襲いかかってくるサラの剣を防ぎきれず、俺は自分の剣と共に宙高く投げ出され――そして背中から地面へと激突する。人生で初めて味わう衝撃に息が詰まる。
俺は完勝を収めるべく転移魔法をもってサラに臨み――そして敗北した。
途中、リョータが何やら説教めいたことを言っていましたが、要約すると「チート最強!」ということです……負けましたが。