118 姫騎士との戦い
職員の説明と生徒の拍手に続き、俺とサラが前へと出る。これから二人で模擬戦をやるのだ。
いつもの剣を手にして前に出た俺とサラに、職員や女官が血相を変えて駆け寄る。木刀を使ってくれという彼らの頼みを一蹴し、サラは彼らに下がるように言った。
まあ、周りの連中の気持ちもわかるがな。こんなものでやり合えば、打ちどころが悪ければ一発でおだぶつだ。ましてサラは王女だしな。
だが、俺たちをお前たち凡人と同列に語られては困る。そんなヘマをやるかもしれないと思われること自体が、たとえばサラなどには侮辱と感じられるのだろう。
「まったく、私たちを誰だと思っているのだ」
サラがやや不満げにつぶやく。やはり俺の思ったとおりだったようだ。
「それはもちろん、大切な姫殿下と男爵様とでも思っているんだろうさ」
「困ったものだ。私もお前も、Sクラスの剣士であり騎士だと言うのにな」
「まあ、そう言うな」
ため息をつくサラを、俺はそんな調子でなだめる。まあ、この後サラにはさらに不機嫌になってもらうのだがな。この俺をからかった罪、その身体であがなってもらうぞ。
カナはいないかと生徒たちの方を見ると、前の列の方でカナがしゃがんでいるのが見えた。うむ、いい席が取れたようだな。
カナは俺たちの方を無表情に、目をきらきらとさせながら黙って見つめている。俺たちの剣を間近で見られるのが嬉しいのだろう。
さわやかにほほえみながら俺が手を振ると、カナは表情一つ変えることなく嬉しそうに一つこくりとうなずいた。そうかそうか、お前もそんなに嬉しいか。
「リョータ、その……どうかしたのか?」
サラがなぜか怪訝そうに聞いてくる。お前こそどうした、何か変わったことでもあったのか。
「何がだ? ほら見ろ、あそこにカナがいるぞ」
「ああ……そういうことか」
そう一人合点がいったような顔をすると、サラはカナの方へと笑顔で手を振った。生徒たちからどよめきが起こり、皆腕がちぎれんばかりに手を振りかえす。さすがは姫騎士、人気は絶大だな。
こちらを振り返ると、サラは小声で言った。
「リョータ……表情には、その、気をつけるのだぞ?」
「む? 無論だ。俺は常に力を持つ者にふさわしい振る舞いを心がけている」
「お前、まさか……いや、いい」
何だ、気になるもの言いをする奴だな。まあいい、どうせ大した話ではないのだろう。
俺とサラは剣を抜くと、まずは軽く振るってみせる。それだけで歓声が上がるのだから、こちらとしても何となく気分がいい。
「さて、それでは始めるか」
「ああ、お手柔らかにな」
「リョータよ、お前がそれを言うのか? よろしい、では全力をもってお相手しよう」
そんなことを言いながらサラがニヤリと笑う。ひねくれた奴だ、これは余計なことを言ってしまったか。
剣先を軽く打ち合わせると、模擬戦が始まった。
模擬戦といっても、サラは俺の本当の力をはかるべく本気でかかってくるのだろう。正直魔族どもを相手にするよりよほど大変そうだ。
間合いを取った後俺たちはしばし睨み合っていたが、サラがその膠着状態を破った。
「それでは、いくぞ」
そう言ったかと思うと、あっという間に俺との間合いを詰め猛然と斬りかかってくる。
サラの細い左腕から繰り出される剣撃に、俺は右に左にと翻弄される。そのあまりの速度に俺は反撃の糸口さえ見出すことができない。
さすがはサラ、あいかわらずの剣さばきだ……いや、剣速は以前よりはっきりと増している。そんな斬撃が俺と変わらぬ力で打ちこまれるのだからたまったものではない。
反撃の糸口はつかめずとも、後退のチャンスは何とかつかむことができた。かろうじて後ろへと下がることに成功した俺に、サラが楽しそうに言う。
「腕を上げたな、リョータ。だが、それでは私は倒せんぞ?」
「ああ、確かにそうだな」
あいかわらず剣の腕ではお前に勝てる気がしないよ、サラ。剣の腕だけ、ならな。
だが、あいにく今日お前はこの俺の逆鱗に触れてしまった。俺も真の力の一端をお前に披露してやるとしよう。
「では、少し本気を出すぞ」
俺がそう言った次の瞬間、サラが驚きに目を見開いた。そればかりか、生徒たちからもどよめきの声が上がる。
それも当然だ。何せ、今サラの目の前には俺が二人いるのだからな。