117 ジャネットの実戦講義
午後最初の講義が一通り終わり、次の講義が始まるまでの合間の時間に生徒たちが屋外へと集められる。これから俺たちのデモンストレーションが始まるのだ。
まず初めにジャネットが紹介される。正真正銘本物のドラゴンスレイヤーとあって、生徒たちの間からもどよめきの声が起こる。
生徒たちの視線を浴びながら、ジャネットが俺に聞いてきた。
「あたしは何をやればいいかねえ」
「とりあえず剣でも振るっておけばいいだろう。お前の剣さばきなら、見るだけであいつらも驚くだろうさ」
「それもそうさね、それじゃいっちょ行ってくるか!」
そう言うと、ジャネットは剣の鞘を両手に持ち、伸びをしながら前へと出ていった。
「さて、じゃああたしの剣を見せてやるよ。目ン玉かっぽじってよく見てな!」
鞘から剣を引き抜くと、そんなことを言いながらジャネットは剣を構えた。どうでもいいが、目玉をかっぽじったら何も見えなくなるのではないのか?
そんなことなど気にするそぶりもなく、ジャネットが剣を振るい始める。あいかわらず目にも止まらぬ剣さばきだ。疾風の女剣士の二つ名は伊達ではない。
ひとしきり剣を振るい終えると、生徒たちから歓声が上がる。それもそうか、これほどの剣技、下手をすれば今後一生見る機会はないかもしれん。
「うーん、何だかしっくりこないねえ……」
だが、当のジャネットは何やらもの足りない様子だ。しばらく首をひねっていたが、やがて何か思いついたのか大声を上げた。
「そうか! やっぱり実戦じゃないと調子出ないさね。あんたら! 何人でもいいからかかってきな! あたしがまとめて相手してやるよ!」
そんなことを突然言い出した。見ればジャネットの顔つきが獲物を狩る者のそれに変わっている。別に構わんが、ほどほどにしておけよ?
あわてて職員たちが訓練用の木刀を持ってくる。ジャネットも木刀に持ち替えると、前に出てきた冒険者の卵たちを嬉しそうに見やった。
「いいねいいね、あんたたち。お姉さんがたっぷりかわいがってやるから、まとめてかかってきな」
生徒たちは二十人ほどでジャネットを囲んでいたが、さすがに一対多の状況に遠慮しているのか、はたまた先ほどのジャネットの剣技にしりごみしているのか、なかなか動き出そうとしない。
しびれを切らしたジャネットが叫んだ。
「ああもう、じれったいね! おいあんたら! あんたらの木刀があたしの身体をかすめでもしたら、あたしがキスしてやるよ! もし一本取れたらあたしを好きにさせてあげる! あたしゃ強い男が好きだからね!」
その言葉に、周囲の生徒どもが一斉に色めきだす。思春期真っただ中の男どもだからな、キス一つにも命さえ投げ出せる年頃だ。もっとも、ジャネットにそれを許す気など毛頭ないのだろうがな。
思わぬ褒美に目がくらんだ男どもが、四方八方から一斉にジャネットへと襲いかかる。うむ、実に本能に忠実な反応だ。
その時、ジャネットが一歩踏み出した。かと思うと彼女はまたたく間に生徒たちの間を突っ切り、俺たちがいる方へと飛び出していた。
「うわあぁぁぁ……!」
「いってぇ……!」
その後ろで、数名の生徒が崩れ落ちる。今の一瞬で、ジャネットは包囲を突破するだけではなく敵も撃破していたのだ。見学している生徒たちから驚嘆の声が漏れる。
そのジャネットに向かい、生徒たちが一斉に突っこんでくる。殺到する生徒たちを前にさも楽しそうな笑みを浮かべると、ジャネットはその群れへと突撃していった。
ジャネットの剣がひらめくたびに、生徒たちの手から木刀が飛び、あるいはその場へと沈んでいく。生徒相手とはいえ大したものだ。やはりジャネットの剣は実戦で輝くな。
サラも感心するかのように言う。
「大したものだな、彼女は。私も一対一の戦いで遅れをとるとは思っていないが、こと集団のさばき方に関しては、あるいは私より上かもな」
「お前がそこまで言うとはな」
「クラスこそ私が先にSになったとはいえ、戦場に出たのは彼女の方が先だろうしな。私より優れた点だってあるさ」
そんなことを話しているうちに、あちらはもう片づいてしまったようだった。へたりこむ生徒たちに向かい、ジャネットが言う。
「あーあ、残念だねえ。いい男が見つかるかと思ったのにさ」
軽口を残して俺たちの方へと戻ってくるジャネットに、見学の生徒たちから大きな拍手が送られた。
戻ってきたジャネットに声をかける。
「やるじゃないか。あんなことを言い出して、一時はどうなるかと思ったぞ」
「あ、もしかして妬いてるのかい? 安心しなよ、あたしはリョータ以外の男になびくつもりは毛頭ないからさ」
「それは何よりだ」
ジャネットに笑いかけていると、あちらでは俺とサラの紹介が始まっていた。
次は俺たちの出番か。ジャネットが思いのほかハードルを上げてくれたからな。俺たちもがんばらなければ。
すまんなサラ、悪いがお前には犠牲になってもらうぞ。うらむならば先ほどの己のうかつな言動をうらめ。