115 冒険者学校の視察へ
冒険者学校の視察の日になった。
俺とジャネットは二人で、少しめかしこんだカナを玄関まで送る。お気に入りの半ズボンとチョッキにかぼちゃっぽい帽子をかぶった、名探偵風の服装だ。
「カナ、今日は俺たちも見に行くからな。がんばれよ」
「うん、がんばる。いってきます」
そう言って家を出ていくカナを見送ると、俺はジャネットに言った。
「さて、俺たちも支度するとするか」
「そうだね。あたしらはいつものカッコでいいんだよね?」
「ああ、サラが動きやすい服装でと言っていたな。剣も忘れるなよ?」
「忘れるわけないだろ。あの剣はいつだって肌身離さず持ち歩いてるさ」
こいつは本当にどこにでもあの剣を持ち歩いているからな。さすがに叙任式や祝賀会の会場にまでは持ちこまなかったが。
「昼前に学校に行ってサラと合流するんだっけ?」
「そう言ってたな。さて、それじゃ準備するか」
そう言うと、俺たちは着替えのためにそれぞれの部屋へと戻った。
冒険者学校に着くと、一人の職員がやってきた。以前俺に舐めた口をきいてきたあの職員だ。
「これはこれはリョータ様、お待ちしておりました」
もっとも、どら息子の剣を見せて以来この調子なのだがな。おかげで俺もやりやすい。
揉み手をしながら男が言う。
「何でも、聞くところによればリョータ様はこの度男爵様になられたとか。そのようなお方においでいただき大変嬉しく思っております」
「サラはどこだ?」
阿諛追従する男の言葉を聞き流し、俺は男に聞く。
「サラ……王女殿下ですか! 殿下を呼び捨てになさるとは、リョータ様は本当に王族と強い結びつきをお持ちなのですな」
「いいから早く案内しろ」
「はっ、ただいま」
やや声を荒げる俺の苛立ちなど意に介さず、男はへつらいながら俺たちを校舎の中へと案内した。
振り返ってみれば、ジャネットが肩をすくめて苦笑している。さすがのジャネットもこの男の図太さにお手上げのようだ。最初に会った時は単に権威に媚びへつらう犬だとしか思っていなかったが、そしてそれは今も変わらないわけではあるが、俺の侮蔑の目にもここまで平然としているこいつは、もしかしたら意外と大物なのかもしれなかった。
男に通された部屋では、姫騎士が長い脚を組み椅子に座って俺たちを待っていた。
俺たちに気づくと、サラが笑いながら言う。
「む、来たか。まあ座れ」
「ああ、失礼する」
「よっこらしょっと」
今日のサラはいつもの騎士服だ。そばにはお付きの女官が控えている。
「サラはもう学校を見て回ったのか?」
「いや、私も先ほど着いたところだ。この後軽く食事をとって、それから三人で講義を見て回る予定だ」
「カナがいるところには寄るのかい?」
「ああ。確か魔力錬成Ⅱだったな、午後のカナの講義は」
「はい、その通りでございます、王女殿下」
サラの問いに、男が揉み手で答える。やや不快そうなサラの視線にも臆することがない。今まで気がつかなかったが、こいつの心臓の強さには正直目をみはるものがあるな。
サラが俺たちに向かって言う。
「それと、講義と講義の合間の時間を使って我々の剣を生徒たちに披露しようと思う」
「剣を?」
「ああ。特にドラゴンスレイヤーの剣技など、生徒たちはよだれが出るほど見たいだろうからな」
「そ、そうかい? そこまで言うんなら、いっちょひよっ子どもにあたしの剣を見せてやろうかね」
そこまでも何も、言っているのはサラだけなのだが。あいかわらずちょろい奴だ。
すっかりその気になっているジャネットに苦笑すると、俺はサラに聞いた。
「俺は何をすればいいんだ?」
「そうだな、お前には私と手合せでもしてもらおうか。あれからまた上達したのだろう?」
「いやいや、ちょっと待て。いつも言っているが、俺は純粋な剣での勝負ならお前には勝てないぞ」
「やってみなければわからないさ。姫騎士と内乱を阻止した英雄との一騎討ちだ。さぞ盛り上がることだろう」
「まあ、お前がそう言うのならやってやるさ」
正直、剣でこいつに勝つ未来は見えないがな。まあ、だが久しぶりにサラと手合せするのも確かに悪くないだろう。
「今日はそんな感じでよろしく頼む。まずは昼食でもとることにしようか」
「ああ、そうだな」
うなずくと、俺たちは立ち上がって食事の用意されている部屋へと移動した。
カナの奴、ちゃんと友達はいるのだろうか。講義にはついていけているのだろうか。早く確認しないとな。