113 祝賀会
祝賀会の時間が近づいてきた。
ジャネットとカナはすでにドレスに着替えをすませている。カナは黄色くかわいらしいドレス、そしてジャネットはピンク色の、カナよりさらにかわいらしいドレスだ。
そのジャネットは、落ち着かない様子でさっきからずっとそわそわしている。ドレスなど着たことがないから緊張しているのだろう。
「リョータ、あたし変じゃないかい?」
「何がだ、よく似合っているぞ」
「そ、そうかい……?」
そう言ってテーブルに視線を落としては、また同じ質問をしてくる。まったく、普段の豪快さはどこへいったのか。
やがて、女官が会場への案内にやってきた。
部屋を出ようとしたところで、ジャネットが俺にすがりついてくる。
「や、やっぱりあたし着替えるよ! リョータだってイヤだろ?」
「嫌なものか。もっと自信を持て。貴族どもに見せつけてやるがいい」
「そ、そうかい……?」
不安げなジャネットに、カナがポツリと言う。
「ジャネット、かわいい」
「か、かわいい……? このあたしが……?」
ジャネットの言葉に、カナがこくりとうなずく。
それで決心が固まったようだ。
「わ、わかった! あたしもリョータの女らしく、堂々と振る舞ってみせるよ」
「その調子だ、ジャネット」
決心するのは構わんが、こんなところで大っぴらに俺の女などと言わないでほしいのだが。会場でないだけましということにしておこうか。
王宮を案内された俺たちは、女官にうながされて会場へと入る。
その瞬間、会場の客が一斉に拍手を始めた。そうか、そういえばこれは俺たちの祝賀会だったな。
まず国王夫妻のところへ通されて、俺はそこであいさつした後一言二言言葉を交わす。
それが終わると、俺たちは国王夫妻の席からほど近い席へと案内される。
そこには、俺たちがよく見慣れた顔があった。
「リョータ、ジャネット、今日はおめでとう」
「姫騎士様に祝ってもらえるとは光栄だな」
俺の言葉に、ドレス姿のサラが笑う。テーブルにはオスカーとシモンの姿もあった。武官代表ということだろうか。
三人が一通り祝いの言葉を述べた後、サラが意外そうな顔でジャネットに聞く。
「ところでジャネット、今日はドレスなのだな。珍しいのではないか?」
「は、はあ……まあ……」
気おくれするのか、視線をせわしなく動かしながらジャネットが答える。
いつもと違う様子に不思議そうな顔をするサラに、ジャネットが遠慮がちに聞いた。
「や、やっぱり変、ですか……?」
「変なものか、よく似合っているぞ。どうしたジャネット、いつものお前らしくないぞ?」
「ホ……ホントに? あたし、普段はあんななのに?」
「本当ですよ、ジャネット殿。今日のあなたは実に美しい」
「さながら深窓の姫君のようですな」
オスカーとシモンも口々にジャネットをほめたたえる。男にこういうことを言われる経験に乏しいのだろう、ジャネットは顔を真っ赤にして口ごもってしまった。
「こいつらもこう言っていることだ、安心しろジャネット。それにどうせ、リョータなどはとっくにお前のことをほめているのだろう?」
「う、うん……」
うなずくジャネットに、オスカーが笑いながら言った。
「もっと自分の美しさに自信を持たれよ、ジャネット殿。だいたい普段のあなたがどうこうなどと言い出したら、王国の第三王女であるにもかかわらず女だてらに剣を振るい続ける殿下はいったいどうなってしまうのですか」
「それもごもっともですな」
「おい、お前たち、それはいったいどういう意味だ!?」
側近たちの遠慮ない物言いにサラが語気を荒げる。
その様子に俺が思わず笑い声を漏らしていると、ジャネットが何やら吹っ切れたような表情になっていた。
「そうか……そうだよね! なるほど、変なお貴族様って意味ではサラはあたしの先輩なのか! だったらあたしみたいのがいても全然変じゃないさね!」
「ちょっ……待て! どういう意味だ、その先輩というのは! 私は変ではない!」
「いいではありませんか、殿下。ようやく殿下の同類……お仲間が増えたのですから」
「貴様! 今同類とか抜かしたな! 何だ、その珍獣でも扱うかのようなくくり方は!」
「まあ、そう興奮するなサラ。そのかっこうでそんな言葉づかいをしては、カナがお姫様を誤解してしまうぞ?」
「うっ!?」
自分を不思議そうに見上げているカナに気づき、オスカーにつかみかかろうとしていたサラがその手を止める。
そして一転満面の笑みを見せると、サラはカナに向かって言った。
「カナ、かわいいドレスだな。これでカナも立派なお姫様だ」
「カナ、お姫様?」
「そうだ、お姫様だ。私と同じだぞ」
「カナ、サラと同じ、お姫様」
そう言いながら、カナは実に嬉しそうな仏頂面でサラを見上げている。カナならいずれ美しい姫君になることだろう。
そんなサラに、ジャネットが手を差し出した。
「ありがと、サラ。あんたのおかげでちょっと自信が持てたよ」
「そうか。友人の力になれたのであれば私としても本望だ」
そう笑って、サラがジャネットの手を握る。雨降って地固まるといったところか。いや、別にこいつらがケンカしていたわけではないな。単にジャネットの一人相撲だっただけか。
宴は、まだ始まったばかりだ。