106 姫騎士の気持ち
「殿下、こちらにおられましたか」
「ああ、シモンか」
日も暮れてきた頃、一人城の庭で稽古をしていると、庭にやってきたシモンに声をかけられた。
「こんな時間まで稽古とは、精が出ますな」
「ああ、私は騎士だからな。日頃の鍛錬を欠かすわけにはいかない。私に何か用か?」
「ええ、用というほどのことでもないのですが。冒険者学校の視察についてご確認いただこうと思いまして」
「そうか」
私が剣を収めると、シモンが言った。
「いかがですかな、その剣は?」
「ああ、振るえば振るうほど私に応えてくれる。素晴らしい剣だ」
「それは何よりですな。リョータ殿も喜ぶでしょう」
そう、この剣はリョータがわざわざ私のためにつくってくれたものなのだ。まさか私の分まで用意してあるとはな。これだから奴はあなどれない。
「リョータ殿は大したものですな。一介の冒険者から名誉騎士の称号を授かったかと思えば、今度は男爵位。あの若さにもかかわらず、今や大貴族として揺るがぬ地位を築かれた」
「叙任式はまだこれからだがな」
「おや、これは失礼いたしました」
そう言ってシモンが笑う。
実際大した奴だ、あの男は。誰かの寵を得て出世しているわけではない。いつも戦場に赴くや、比類ない武勲をあげて何食わぬ顔で帰っていくのだ。そう……私が命を落としかけたあの時も。
しかし、リョータはこの程度の地位に甘んじるような男ではないであろう。
今後魔界に侵攻していけば、当然ながら新たな領地を得ることになる。現在、魔族から奪還した地は王国の直轄領となっているが、いずれまとまった大きさになれば新たに辺境伯などを配置することになるはずだ。
そうなった時、その地位に最も近い位置にいるのは……リョータだろうな。魔界との境界、最前線なのだ。ぬくぬくと暮らしているその辺の貴族に務まるような仕事ではない。領主としてその地を支配し、かつ魔界からの侵攻にも対抗しうる人物……それはリョータ以外にはいないだろう。少なくとも他には思いつかない。
リョータが辺境伯か。新設とはいえ辺境伯ともなれば立派な上級貴族だ。格式も王族と婚姻関係を結ぶに十分なものと言える。私が嫁ごうとその逆だろうと、何ら問題のない身分だろう。
――私はいったい何を考えている!? リョータと、私が、こ、婚姻など……。そんなことがあるはずないだろう。あいつにはジャネットもレーナもいるしな。私をそういう対象として見てはいないはずだ。
「どうかなさいましたか、殿下?」
「い、いや! 何でもないぞ! 別に何も考えてはいない!」
シモンの声に、思わず私は声を荒げて応答する。何ということだ、この私としたことがこれしきのことで取り乱すなど……。
「学校の視察も、リョータ殿に参加していただけるようでよかったですな」
「べ、別に私はリョータを誘うために視察を決めたのではないぞ!?」
「はあ、それはわかっているつもりですが……」
シモンが面食らったような顔をする。まずい、これでは意識していると言っているようなものではないか!
私は醜態をごまかすように大声でシモンに言った。
「シモン! 稽古の相手をしてくれ! 少しくらい時間はあるだろう!」
「は。それではお相手させていただきます」
剣を抜くと、私はシモンと向き合った。
夜、自室に戻った私は剣の手入れをしながら考えごとをしていた。
そうか、学校の視察の前にあいつの叙任式があるのだな。そうだな、その後にまた私的に一席もうけるとしようか。その時に何かプレゼントでも用意してやろう。
も、もちろん、この剣のお礼だ。王族たる者、このような剣を贈られて何も返さないわけにはいかないからな。別に他意があるわけではないぞ、うん。
ひとしきり枕を抱きしめると、私はゆっくりと眠りに落ちていった。