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101 レーナのため息




「はあ……」


 受付の窓口に座りながら、私は何度目かのため息をついた。


 原因はわかっている。竜殺しの剣について尋ねられて以来、あの人が何日もの間ここへ来ないからだ。


 Sクラスに昇格してからは国からの依頼が増えて忙しいというのはわかるのだが、それにしてももう少しくらいここに寄ってくれてもいいのではないだろうか。私だって、これでも彼に見合うような仕事を厳選して取りそろえているのだ。


「はあ……」


 次に彼が来るのはいつなのだろう。そんなことを思いながら再びため息をつく。


 その時、入り口の扉が開くと同時によく聞き知った声が聞こえてきた。


「レーナ! レーナ!」


 声の方を見ると、何やら大きな包みを持った女剣士――ジャネットさんが嬉しそうにこちらへとやってくるのが見えた。と、言うことは……。


「レーナ、久しぶりだな」


 そう言いながらやってきたのは、私が待ち焦がれていた人――リョータさんだった。


「リョータさん! こんにちは!」


 思わず私の声が高くなる。


 窓口までやってきた彼らに、私は尋ねた。


「今日は何のご用でしょうか?」


「ああ、とりあえずこいつを見てやってほしくてな」


 そう言って、リョータさんがジャネットさんの持つ包みを示す。はて、いったい何が入っているのだろうか。


 嫌な予感がする。血なまぐさいにおいがするし、布にも赤黒い染みがついている。


 そんなことなどお構いなしに私の目の前に包みをどかっと置くと、ジャネットさんは包みをほどきはじめた。


「ほらレーナ、見ておくれよ! これ、あたしがったんだよ!」


「きゃあああああぁぁあ!」


 中から現れたものに、私は思わず悲鳴を上げた。血まみれの、りゅ……竜の首! その目は開かれたまま、どこか虚空を見つめているようにも見える。


「ジャ、ジャネットさん! ど、ど、ど、どこでこんなものを!」


「どこって、国境の山さ。あんたが教えてくれたって聞いたよ?」


「私が……?」


 その言葉に、私は数日前にリョータさんがここを訪ねてきた時のことを思い出す。あの時、私は……。


 私はリョータさんをじっとりと見つめながら言う。


「リョータさん?」


「ああ、何だ?」


「私、言いましたよね? 危険だから行ってはいけないって」


「あ、ああ」


「これはいったい、どういうことなんですか?」


「それは、その、だな」


 私が怒るのは予想外、といった様子でリョータさんは視線をあちこちにさまよわせる。まったく、私はリョータさんの身を案じているだけなのに、それではまるで私がいじわるしているみたいじゃないですか。


 そんな彼の様子を見ているうちに、なんだかおかしくなってきた。笑みをこぼしながら、私は彼に言う。


「ふふっ、もういいです。あなたが無事なら、私はそれでいいんです」


「そ、そうか」


 安堵の表情を見せる彼に、のど奥から笑みが漏れる。普段は大人びた振る舞いをしているけれど、こういうところは年相応の子供だ。


 私も職務に戻る。


「ジャネットさん、おめでとうございます。これであなたもドラゴンスレイヤーの仲間入りですね。凄いです」


「いやあ、面と向かっていわれるとなんだか照れるね」


 そんなことを言いながら、ジャネットさんが照れくさそうに頭をかく。


「それにしても、本当に凄いです。女性のドラゴンスレイヤーとなると、ひょっとするとこのギルド、いえ、我が国からは初めてになるかもしれません」


「え、そうなのかい?」


 ジャネットさんが目をぱちくりさせて言う。きっとご存知なかったのだろう。


 それから、嬉しそうにリョータさんの肩を叩きながら言った。


「よかったね、リョータ! あんたの嫁はお貴族サマなだけじゃなくて初めての女ドラゴンスレイヤーだとさ! これなら、男爵サマにも十分つり合うんじゃないのかい?」


「ああ、そうだな」


 ジャネットさんの言葉に、私は頭の中がはてなでいっぱいになる。嫁うんぬんはいつものことだけど……。この人は何を言っているのだろうか?


「ジャネットさん、貴族とか男爵様というのはいったい何の話ですか?」


「ああ、レーナはまだ聞いてないのかい? サラが言ってたんだけど、今度あたしが名誉騎士とやらに、で、リョータが男爵サマになるんだとさ」


「サラって……ええええ!?」


 私は今日何度目かの驚きの叫びを上げた。姫騎士様がそのようなことを!? それに、リョータさんが男爵様!?


「そ、それは本当なんですか!? リョータさん!」


「ああ、サラが言うには正式に決まったのだそうだ。今度叙任式があるらしい」


「す、すすす、凄いですリョータさん!」


 ああ、本当にいつもこの人には驚かされてばかりだ。竜を倒してきたかと思えば、今度は男爵様になるだなんて……。こんな人、はたして今まで自分の周りに存在しただろうか。


「用件はそれだけだ。それでは竜の件は頼む」


「待ってくださいリョータさん!」


 帰ろうとするリョータさんの袖を、私は慌ててつかむ。リョータさんとジャネットさんが驚いた顔でこちらを見た。ふんだ、そういつもいつも二人きりにはさせませんよーだ。


「レーナあんた、今の動きはいったい……」


「リョータさん! 今お茶を入れてきます! ジャネットさんもどうぞ! これから上にこの首を持っていきますから、審査の間に竜退治のお話など聞かせてください!」


「あ、ああ……」


 やや呆然とした顔で、リョータさんがこくりとうなずく。いいんですリョータさん、こういうことは私に任せておいてくれれば。




 リョータさんを引きとめることに成功した私は、それからしばらくの間ゆっくりとリョータさんとの楽しいひとときを過ごした。



さっそく温かい感想をいただきありがとうございました。


個別の返信は控えさせていただきますが、寄せられた疑問や質問などにつきましては、可能な範囲で作中において示していきたいと思います。

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