100 竜殺しの女剣士
お目当てのレッサードラゴンを見つけ、ジャネットが嬉しそうに竜へと突撃していく。竜も目の前の人間が何を目的に現れたのかを悟ったのだろう。大きな身体を四本の足で持ち上げると、こちらへ向かって威嚇するかのように咆哮した。
「はははは! そんなのにビビるあたしじゃないよ!」
楽しそうに笑うと、ジャネットは竜の眼前まで迫る。さすがは疾風の女剣士、そのスピードには目をみはるものがある。
と、レッサードラゴンがジャネットに向けて口を大きく開く。凶悪なワニの口をさらに四周りくらい大きくしたような口の奥には、赤い炎が燃えているのが俺の目でも確認できた。
その炎が、目の前の狼藉者を焼き払わんと放たれる。ジャネットが左へと飛んで回避すると、炎は俺の近くの岩へと激突した。凄まじい熱気が俺を襲う。
あんなのをまともに食らったらひとたまりもないな。いや、少しかすめただけでもこんがりと焼きあがってしまうだろう。まあ、危ないと思えばすぐに転移させるつもりだから問題はないのだが。
ブレスをかわして竜へと迫ったジャネットに、巨大な爪の一撃が振り下ろされる。見た目とは裏腹に、鋭い動きだ。
それをかわして側面に回ろうとすると、竜はその太く長い尾を振るい接近を阻止する。こいつ、思ったよりクレバーな戦い方をするな。
「ちいっ! 近づくのも一苦労だね!」
舌打ちしながらジャネットが毒づく。そんな彼女に向かい、竜は再び火球を吐き出す。間合いが開けばあの熱で徐々に体力が削られていくだろう。それに、ギリギリでかわしたのでは普通に丸焼きになるからな。自然、回避行動も動きが大きくなり疲労が蓄積されていく。
どこに需要があるのかは謎だが、世間では竜殺しマニュアルというか、有名なドラゴンスレイヤーの冒険譚のようなものが出回っている。基本的には口頭伝承なのだが、書物の形でも存在しており、俺も一つ持っていたりする。
それによれば、竜と戦う時は同じ個所を何度も斬りつけて傷をつけるしかないとのことだった。竜殺しの剣でなければうろこを傷つけることはまず不可能とのことで、竜殺しの剣がない場合はのどや腹のあたりを辛抱強く攻めるしかないのだそうだ。
どうやらジャネットもその話を意識しているらしく、のど元を狙った動きを見せている。それがわかっているからか、竜の方もそれを阻止するように攻撃を繰り出してくる。
このままではらちがあかないな。どれ、一つアドバイスしてやるか。
「おい、ジャネット」
「何だい? 手助けならいらないよ!」
「そうじゃない。ジャネット、次は奴の尻尾を狙え」
「尻尾? 何言ってんのさ、あんなうろこだらけのところ、刃が通るわけないじゃないか!」
「忘れたのか? お前が手にしているのは俺が特別につくった竜殺しの剣だぞ?」
「そういやそうだったね……。でも、ホントに大丈夫なのかい?」
「お前は俺を信用できないのか? 構わず叩き斬れ」
「わ、わかった! やってみるよ!」
そう叫ぶと、ジャネットが竜の側面へと駆け出す。案の定、接近を阻止しようと竜は尾を振るってきた。
「おおおおおあああ!」
ややヤケ気味に、ジャネットがその尾へと剣を振り下ろす。
すると、竜の尻尾はあっけなく切断されてそのまま慣性の法則にしたがいいずこかへと飛び去っていった。
直後、竜は地鳴りのような絶叫を上げ、四方八方へと炎を吐き始める。痛みで発狂したか。もちろんやみくもな攻撃なので、ジャネットには当たりそうもない。
ジャネットはと言えば、今ので剣の斬れ味を確信したのか背後から首元へと迫る。文字通り疾風となって、竜の首目がけ剣を閃かせる。
次の瞬間、俺の胴ほどもある竜の首は綺麗に切断され、ごとりと重々しい音を立てて大地へと落ちた。続いて胴体の方もその場に沈む。
首を斬り払った姿勢のまましばし動きを止めていたジャネットだったが、正気に戻ると喜びの声を爆発させた。
「やった……やった! 竜を、倒した! この……あたしが!」
そして角をつかんで竜の首を拾い上げると、俺の方へと猛ダッシュしてくる。
「リョータ、リョータ! やったよ! あたし、竜を倒した!」
「ああ、おめでとう」
手にした首を放り投げると、ジャネットは俺に抱きついてくる。念願がかなったのだ、喜ぶのもうなずける。
ひとしきり喜び終えると、ジャネットは剣をまじまじと見つめながら言った。
「それにしてもホントに凄いね、この剣。竜のうろこがまるでチーズみたいにすぃーって斬れちまったよ」
「それはそうなるように丹精込めてつくったからな」
まあ、嘘だが。
「よおし、この調子で次もいってみようか!」
「次って、お前まだ狩るつもりか?」
「そりゃそうさ、こんなゴキゲンな剣があるんだからね!」
「いや、そいつだけにしておけ。そんなに一気に狩ってしまったら、生態系にどんな悪影響が出るかわからん」
「セイタイケイ? あんた、妙な言葉知ってるんだね。何だいそりゃ?」
「要はこの竜も何かの役に立っているかもしれんということだ。それに『ローランの冒険』によれば、引き際を誤って命を落とした冒険者も数知れずらしいしな」
俺は先ほどの竜殺しマニュアルのタイトルを口にする。「家に帰るまでが遠足」とはよく言ったものだ。
若干不満げな顔をしながら、ジャネットはうなずいた。
「まあ、それならそれでいいんだけどさ。リョータ、あんたは狩っていかなくていいのかい?」
「ああ、俺は早くお前と祝いの酒が飲みたい」
「おや、あんたも気のきいたことが言えるようになってきたねえ。まあ、あんたならいつだって狩れるだろうしね」
そう言ってジャネットがウィンクする。気のせいか、何だか子供扱いされていないか?
ジャネットの気が変わらないうちに、俺は王都へと戻ることにする。ジャネットが竜の首を布にくるんだのを確認すると、俺は王都へと転移した。
こうしてここにまた一人、新たなドラゴンスレイヤーが、それも過去に数えるほどしかいない女のドラゴンスレイヤーが誕生したのだった。
100話到達を記念して、というわけでもないのですが、試験的に感想欄を期間限定で開放してみようと思います。
原則感想返信はしない方針ですが、おもしろかった点や誤字報告などありましたらご活用ください。