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10 商談





 俺は店の奥の部屋に通され、二人の男と向かい合って座っていた。ここが商談用の部屋なのだろう。


 料理長に連れられて来た恰幅のいい男は、この店の支配人だった。俺の魚を見て、料理長の説明に目を丸くする。


「この魚、そこまで鮮度がいいのかね?」


「もちろんですよ、支配人。こんな活きのいい魚、この国じゃ王族だってそうそう手に入れられませんよ」


 隣国の港町くんだりまで行けば別だがな。支配人がつばを飲み下す。


「これほどの鮮度の魚、いったいどうやって……」


「俺たちには魚の鮮度を保つ特別な技術とルートがある。他の連中には不可能だ」


 まあ、俺一人でやっているんだがな。どれ、もう一押ししてやるか。


「ここがダメなら『グラン・ソワール』に持っていくつもりだ。向こうの連中ならこの魚の価値はイヤでもわかるだろう。今使っている魚が生ゴミのように思えてくるだろうさ」


「ま、待ってくれ!」


 腰を浮かせかけた俺を、支配人と料理長が慌てて呼び止める。少し腰の位置をずらしただけだと言うのに、何を早合点しているんだか。


 脂汗を流しながら、支配人が口を開く。


「ぜひ我々に売ってくれ! これほどの魚、『グラン・ソワール』に渡すわけにはいかん!」


「それは条件次第だな。お前たちがモノの価値のわかる人間であることを祈りたいところだが」


「も、もちろんだ!」


 必死に訴える支配人に、俺は冷笑を浮かべながらリワーマとかいう高級魚を指さした。港町の市場では銅貨五枚で取引されていた魚だ。


 これが流通の過程で王都に着く頃には、冷凍ものですら銀貨五枚以上に価格が跳ね上がるというのだから世の中わからない。


「この魚、お前たちならいくらで買う?」


「む……銀貨十五枚でどうだ?」


「……話にならないな」


「ま、待て! 冗談だ! 許してくれ!」


 箱のフタに手をかけた俺に、すがるように二人が懇願する。まったく、大の男二人が俺のようなガキを相手にだらしないことだ。


 さもしかたないといった感じで、フタから手を離す。露骨に安堵のため息を漏らす二人の顔が、実に滑稽だ。


 しかし、早くも魚の価値が三十倍に跳ね上がった。はたしてどこまで吊り上げることができるだろうか。今から笑いが止まらない。


「それで、本当はいくらで買うつもりなんだ?」


「銀貨二十五枚だ! それでどうだ?」


「ふむ、悪くはないが、その程度の金額なら『グラン・ソワール』でも十分出せる額だな。やはりあちらに持って行くべきか……」


「三十枚! 三十枚出す! それで勘弁してくれ!」


 血相を変えて身を乗り出す支配人の姿に、思わず失笑が漏れそうになる。それを何とか飲みこむと、俺は思わせぶりな仕草でつぶやいてみせた。


「ふむ、それなら俺たちも商売になるか……」


「ただ、取引はウチとだけにしてくれ! 『グラン・ソワール』に持っていかれたら困る!」


 ほう、生意気にも条件をつけてくるか。ならばこちらからも条件をつけさせてもらおう。


「それはお前たちの仕入れ次第だな。週に何枚買える?」


「ご……五枚なら」


「論外だ。商売にならん」


「八枚! いや、十枚買おう!」


「……まあ、いいだろう」


 しばらく考えこむ素振りを見せ、それからおもむろにうなずく。支配人も、安心しきった顔でソファにもたれかかった。



 まったく、素晴らしい錬金術だ。銅貨五枚が銀貨三十枚、つまり上銀貨三枚に化けるのだからな。


 しかも魚の仕入れが週に十枚だから、俺の懐には毎週上銀貨三十枚が転がりこむことになる。笑いも止まらないというものだ。


 海から王都まではざっと4,500キロはあるからな。普通の馬車なら五、六日、特別な馬というかモンスターを使った高速馬車を用いても二日はかかる。


 その間冷凍魔法士がつきっきりで魚を凍らせたり冷やしたりするのだから、そのコストは膨大なものになる。しかも高速馬車で一度に運べる魚なんて、せいぜい四、五十匹といったところだからな。一匹あたりのコストたるや、莫大なものだ。


 その他宿代や通行税などの税金、中間業者のマージンなどを含めると、冷凍ものでも港から王都の料理店に届くまでに上銀貨二十枚ほどのコストがかかるそうだ。生魚となればそのコストは三、四倍に膨れ上がるのだとか。


 そういった理由で、港の漁師が家族で当たり前に食ってるような魚が、王都では上流階級のみが食する超高級食材に早変わりするわけだ。


 中世ヨーロッパでは生魚はせいぜい海から100キロのところまでしか運べなかったという話だしな。内陸部で生の海水魚など、本来は触れる機会さえない食材であろう。


 ところが俺はといえば、魚を仕入れたら転移魔法でジャンプするだけだからな。距離も時間も関係ないし、金がかかるのは仕入れの時だけだ。こうもたやすく金を稼げるとなると、自然と笑いがこみ上げてくる。


 加えて、この店が王室御用達の『グラン・ソワール』を追いかける二番手であることも大きい。ライバルに魚を持っていくと言ったら途端に下手になるのだからな。


 これが『グラン・ソワール』であればもっと強気に出てきたかもしれないし、もっと格下の店であれば最初から諦めていただろう。その意味では、この店は絶妙なポジションだったというわけだ。



 その後、俺はさっそく明日リワーマを十枚持ってくる約束をした。前金として上銀貨を三枚受け取る。全体の10%の金額だ。


 満面の笑みの支配人と料理長に見送られ、俺はその店を後にした。




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