1 プロローグ
俺、坂上良太は世間的にはごく平凡、あるいはそこそこ優秀な高校生に見えていただろう。
特にこれといって勉強などしてはいないが成績は校内でも常に上位、運動神経も悪くはない。部活は帰宅部だったので、放課後は時間がありあまる。
もっとも、ただの高校生の身では遊ぶ金など持ち合わせてないので、ヒマな時はネットの小説投稿サイトで異世界もののファンタジーを読みあさる。そんなごく普通の17歳だった。
高校生活はおおむね順調だったが、中には俺のことを偉そうだの口調が変だの、果ては中二だの言う輩も一部存在した。
まったく馬鹿で愚かな連中だ。俺は偉そうなのではなく、真実偉いのだ。口調も単に自分にふさわしい口調でしゃべっているにすぎん。まして言うに事欠いて中二だなど、もはやあきれてものも言えん。
進路がどうだと担任や親がうるさくなってきた高二の夏、横断歩道を渡る最中に信号無視の車にはねられて、俺の人生はあっけなく幕を閉じた。
……と思ったら、次の瞬間には俺は雲の上にいた。
身体を動かそうとしたが、全然感覚がない。どうやら魂だけの状態のようだ。
目の前には、何やら白くて長いヒゲの生えた、神様みたいなじいさんが立っていた。
これはもしかしてアレか? 異世界ファンタジーの定番のアレか?
まずは目の前のじいさんに聞いてみる。
「あんた、もしかして神様か?」
「いかにも、わしは神じゃ」
「俺は死んだのか?」
「さよう。こちらの手違いで、お主が死んでしまったのじゃ。すまんのう」
やっぱりな。ネットで何度も読んだ展開だ。となると、次のじいさんの言葉も想像がつく。
「悪いことをしたお詫びに、お主を異世界に転生させてやろうと思う。何か希望はあるかね?」
なるほど、そのパターンで来るか。ならば俺もこれを要求しないとな。
「そうだな、ならば俺に何かチートをつけてくれ」
チートをつける、というのも考えてみればよくわからない言い回しだがな。
だが、目の前のじいさんにはそれで通じたようだ。
「ふむ、それくらいお安いご用じゃ。今お主にやれるのは……」
おいおい、俺が自由に選べるんじゃないのか? そんな俺の疑問をよそに、じいさんはあちらへと行ってしまった。仕方ないので少し待つ。
「ふむ、それではこの中から一つだけ選ぶがよい」
しばらくして戻ってくると、そんなことを言いながらじいさんが表札みたいなものをいくつか俺の目の前に並べていく。ああ、何か書いてあるな。なになに……?
・コイントスで必ず表が出る力
・半径5メートル以内の気温を支配できる力
・鳥類を意のままに操る力
・転移魔法を自在に操る力
・不死の肉体
……うーん、何だか微妙なのが混じってないか? とりあえず、最初の二つはナシだろう。
パッと見「不死の肉体」はよさそうだが、「不老」ではないのがひっかかる。よぼよぼになっても死ねないのはカンベンだ。
鳥類を操る力は地味に使えそうだが、どうせならファンタジーらしく魔法を使える方がいいだろうな。
でも、転移魔法って……。それ、本当に使えるのか? 転移魔法で無双する話なんて、俺は見たことも聞いたこともないぞ?
「じいさん、もっといい魔法はないのか? 火炎魔法とか、神聖魔法とかいろいろあるだろう」
「今準備できるのはこれだけじゃ。便利なモンじゃぞ? 転移魔法というのは」
ううむ、それはわかるんだが……。まあ、いいだろう。魔法には変わりないしな。
「うっかり噴火口にワープして死ぬとか、そういうのは大丈夫なのか?」
「それは大丈夫じゃ。転移魔法を極めた術者は、転移時にちゃんと結界で守られてるからの」
ほう、それは便利だな。ワープ先の危険を気にする必要はないということか。そんなご都合結界がセットになっているのなら、ここは転移魔法を選ぶことにするか。
……でも、やっぱり少し納得がいかないのでもう少し食い下がってみる。
「ならばチートはこの転移魔法でいいとして、少し戦えるくらいに身体を強化してほしいのだが」
「おお、それくらいならお安いご用じゃ。ではお主には、『武神の加護』の称号をつけてやろう」
「『武神の加護』?」
「うむ。どんな武器を持ってもAクラスの冒険者並みに戦える称号じゃ。ついでに肉体も多少丈夫にしておいたわい」
ほう、どうやら俺が放りこまれるのは冒険者が活躍する、よくあるタイプの異世界のようだな。
「クラスはどう分かれてるんだ?」
「うむ。Fクラスから始まって、E、D、C、B、A、S、SSの順に上がっていく。『武神の加護』があれば、それだけで超一流の相手以外には勝てるじゃろうて」
なるほど、クラス分けもオーソドックスなもののようだ。
「言葉は通じるんだろうな?」
「安心せい。『自動言語翻訳』のスキルをつけておくから大丈夫じゃ」
「異世界の基礎知識みたいなものはないのか?」
「それは自分で調べるんじゃ。わしにはどうすることもできん」
残念だな、脳内辞書みたいなスキルはないのか。
「あとはそうじゃな、自分のスキルを確認したいと念じてみるんじゃ」
「念じる?」
じいさんに言われたままに念じてみる。すると、俺の目の前にステータスウィンドウのようなものが開いた。
リョータ
称号 『転移魔法を極めし者』 『武神の加護』
スキル 『自動言語翻訳』 『身体強化LV10』
ほう、自分のステータスを確認できるのか。レベルやHPのようなパラメータはないんだな。
閉じろと念じると、ウィンドウが閉じる。なるほど、これは便利だな。
「そのウィンドウは他人には見えないから安心せい」
別にのぞかれて困るようなことは書かれてはいないがな。さて、それではそろそろ行くとするか。
「転生ってのは、具体的にはどうなるんだ? また赤ん坊からやりなおすのか?」
「いや、お主の身体はもうすでにできておる。ほれ」
そう言ってじいさんが指し示した先には、死ぬ前と同じ姿の俺の身体があった。
「蘇生したのか?」
「いや、お主の細胞から身体を作り出して元の年齢まで成長させたのじゃ。これにお主が宿れば、新たな生の始まりじゃ」
「よし、じいさん、そろそろ俺を転生させてくれ」
「うむ、いいじゃろう。そうじゃ、これは餞別じゃ、持っていけ」
「ほう、気がきくな」
そう言って、じいさんが俺の身体に剣とサイフを持たせる。
「これは伝説の聖剣か何かなのか?」
「そこまで力の強い武器はここには残っておらんよ。とりあえずわしの加護の力は込めておいたから、その辺の剣よりはよっぽど丈夫じゃよ」
ちっ、そうそううまい話はないか。まあいい。何もないよりはマシだろう。
「そうか。では、そろそろ頼む」
「うむ。それでは、良い人生を送るのじゃぞ」
そう言うと、あたりは光に包まれて俺の意識は遠のいた。