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初恋。  作者: 冬鳥
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俊介のわだかまり

一年A組教室。


樹里と奈緒子の耳に暗くなった廊下をこちらに向かって走ってくる音が届いてきた。

平らな物が平らなところへと当たる渇いた音。


樹里は瞬時に俊介がスリッパを叩かせて向かってくる姿を想像した。


珍しく彼が走る音だった。


「あ!来た!」


樹里の喜びに満ちあふれた高い声が教室のなかを響き渡った。


床に座り込んでいた奈緒子も顔を上げる。



「終わったぞ」


息を切らしながら教室に駆け込んで来たのは樹里が予測したとおり俊介だった。


「沢村くん!待ったよ!。すごく心配してたんだからね」



目尻から頬にかけて涙の跡を残す樹里を見つめた俊介は右手の親指を上にあげた。彼にすれば珍しい動作だった。


「余裕だ」


と、親指を立ててニンマリと笑った。

彼の切っ先なる目尻は眉とを引き連れるように下がっていた。


「あ…あの」


奈緒子がおそるおそる声を発する。


俊介はそんな奈緒子を見て肩をすくめながら幾分首を傾げた。


「杉田。今日のあんたは無謀だったよ。俺は過ぎ去った時間にとやかく言うほど湿ったれてはいないが、体育館裏に一人で行ってたら今頃お前はどうなっていたか…。あそこに男が何人いたと思う?…いまあんたに説教しても仕方ない…。でもな杉田。二人が命張って守ろうとしたことは胸に刻め。おれが見るにぎこちない二人だが真剣にお前を助けたいと思って動いたんだ。…俺が多弁してどうする。とにかく今日は助けてくれたあの二人に礼を言え。多少は怪我したみたいだから、あいつらの血が止まらなかったら無理矢理にでも病院に連れていけ」



「え?怪我したって、大丈夫なの!」


樹里がまたも教室の空気を震わすほどの大きな声を出した。

奈緒子は教室と廊下の境目で俊介の話す内容を聞きながら立ちすくんでいた。



「大丈夫だ。あの二人だ。どうせかすり傷だ」



そう俊介が言ったときに




須田! 須田!


と階下の外から樹里を呼ぶ声が聞こえてきた。それはとても大きな声。


樹里は走って行き窓を開けて外を見下ろした。


奈緒子の耳にもはっきりと聞こえてきた声。



声変わりしたばかりの低くしゃがれた声。

優しさが滲み出るような音調。




「うん。うん。わかった。いるよここに。わかったわ。ねぇ大丈夫なの?キャッ!二人とも血が出てる!」


須田が身を乗り出して

必死に何か話をしている。


奈緒子も引き付けられるように教室を不確かな足取りで横断していく。


だが近くまで行くと樹里は窓をさっと閉めてカーテンを手荒に引き寄せた。



「先輩。待ってます。先輩を必死になって助けたナイトが二人、いつもの門で…。すいませんでした杉田先輩。今日は無理に引き止めちゃって。ひどいことも言ってしまいました」




「壮太君…彰君…」




「先輩、早く行かないと。彼らはいつもの門にいます、先輩を待ってます」



奈緒子は涙を流し口許を抑えながら教室を走って出て行こうとする。


そこを俊介が「ちょっと待て杉田!」と、大きな声で引き止めた。



頬を濡らし立ち止まった奈緒子の背中に俊介は一歩ずつ近づいていく。


「わりいな足止めさせて。杉田。今日はなんとか乗り越えた。だが今後、あんたへのイジメはもっと厳しくなるだろう。今日にでも親にすべて話してできることなら引っ越すんだ。この街から離れろ。もうお前を守り抜くにはあの二人でも無理なとこまできてる。お前は…捧げちまったんだ。無抵抗なままに後戻りできないとこまで鬼畜どもに委ねちまった。…お前自身をな」



奈緒子は足元を見ながら小さく呟く。


「この街から…」



奈緒子の涙は滴となり廊下に落ちていった。



よりいっそうに弱々しく小さくなった背中が廊下を走っていく。不確かな足取りのままに。




「二人のナイトが待ってますか。樹里。お前、秀才ならもっと気の利いた言葉を吐いたらどうだ」



離れていく奈緒子の足音を聞く俊介と樹里。


一年A組の教室に残された二人は肩を寄せ合うように机の上に座った。


鼻で笑う俊介の隣りで樹里は大きなため息を一つ出した。



「もう…待ってる間、すごく怖かったんだからね。よかったよ…。とにかくみんな無事でよかった…。でも…大橋君と遠藤君の怪我はほんとに大丈夫なの?」



「大丈夫だあいつらは。そんなことより…樹里。今回のことで俺にはわからないことが二つある」


俊介の鋭い眼差しは教室の外に広がる暗闇に包まれた校庭へと向けられた。




「まず一つ目。彰は…彰はどうしてここに現れたんだ?あいつは杉田奈緒子に起きる異変を予知でもしたというのか?」



「ねぇ沢村君。彰君にすごく似た人ってこの世界にいると思う?…。ほら。世界には三人いるとかいうよね。あの雰囲気であの声であのシルエットの人。いるかな…私…探そうかな。大人になってもずっとずっと…探す旅をしようかな」



「バーカ。いるわけねえよあんな奴。もしこの世にあいつみたいな奴が他に二人いたら、やってらんねえよ。ていうかおれの質問にはまったく答えてねえし。だがもう一つのも聞いてくれ」


「なに?」



「壮太は…いや…いいお前に話しても仕方ない」



俊介はなにか腑に落ちないものを感じていた。





―北門近くにある職員専用通用門―


職員出入口の門の前まで来くると、壮太はへなへなと座り込み彰は門前の壁にもたれ掛かった。


二人はそれぞれに傷心を抱きながら思案に暮れた。

変哲もない景色の一部をただ見つめて。

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